教員からうどん職人への転身。
香川で修行、ブラジルで開業プロデュース。
様々な経験を通して挑んだ開業への道
本格純手打 高まるうどん 高瀬綾太さん

郡山市にうどん店「本格純手打 高まるうどん」を開業した高瀬綾太さん

 2026年5月、郡山市にオープンした“本格純手打ち”のうどん店、「高まるうどん」。店主の高瀬さんは、東京都で小学校教員として働いた経歴も持ち合わせます。コロナ禍での葛藤を経て、「目の前の人に寄り添える事業をしたい」と一念発起。うどんの本場・香川県にある繁盛店での過酷な修行やブラジルでの開業サポートを経験後、奥様の故郷であり震災以来恩返しを想い続けていた福島県での起業を果たしました。機械を一切使わない「純手打ち」にこだわり、妥協のない一杯と温かな接客を提供します。お客様と接する上で大切にしている思いや、教員から職人へ転身を遂げた経緯について詳しく話をうかがいました。

Q:まずはプロフィールを教えてください。

 年齢は41歳です。群馬県みどり市で育ち、大学進学を機に上京しました。不動産営業を4年経験した後、通信で教員免許を取得して東京都の小学校教員に。北区や板橋区、小笠原諸島・母島、練馬区などで約10年間、子どもたちと向き合ってきました。退職後はうどんの聖地である香川県の繁盛店で過酷な修業を重ね、その後ご縁があってブラジルでのうどん店の開業を目指す方のサポートにも挑戦。2026年4月に福島県へ移住し、同年5月13日、郡山市でうどん店をオープンしました。

店内は明るく、まるで南国のカフェのよう。ゆったりとした落ち着いた雰囲気で本場の讃岐うどんを味わえます。
Q:教員として約10年勤められた後、うどん職人へ転身された経緯を教えてください。

 一番のきっかけは、小笠原諸島の学校に赴任していた時に抱いたコロナ禍での葛藤でした。様々な制限がある中で、「自分が理想とする教育とは何か」をより考えるようになりました。「子ども達のためにもっとこうしたい」と思っても、公教育なので他のクラスと足並みを揃えなければいけません。学校という集団行動の場で、その大切さや役割は十分に理解しつつも、やりたいことを自分の意思だけで実現することがなかなか難しかったですね。だから思い切って環境を変えようと思い、その時に起業を決意しました。
 また、数ある料理の中から「うどん」を選んだのは、小さいお子さんからお年寄りまで誰もが笑顔で食べられる日常食だからです。学校給食でもうどんは子どもたちに大人気でした。うどんを通して様々な人と接したいと考えたとき、「うどんといえば香川県だ」と思い立ち、香川県に飛び立ちました。

Q:香川県での修行生活はいかがでしたか?

 修行先は繁盛店で、本当に厳しい環境でした。ただ、今振り返ると、あの場所で学べたことは自分にとって大きな財産になっています。
 勤務初日のことですが、私が従業員トイレの電気を消し忘れてしまったんです。すると上司から、電気を無駄にしたことについて厳しく指導されました。その後、反省文を書き、全員の前で読み上げることになりました。
 当時は驚きましたが、そこで教えられたのは、単に「電気を消す」ということではありませんでした。限りある資源を大切にすること、身の回りの小さなことにも責任を持つこと。料理人である前に、一人の人間としてどうあるべきかということまで、徹底して教えていただきました。
 料理についても求められる基準は非常に高かったです。口に入るものを提供する以上、味や品質には一切妥協できません。一方で、繁盛店なので大量の注文をさばくスピードも求められます。「速さ」と「質」を両立させることの難しさを、身をもって学びました。少しでも手を抜けば、すぐに見抜かれて指導されました。
 勤務は朝7時から夜8時頃までで、繁忙期には夜11時まで働くこともありました。長期休暇もなく、年末年始の繁忙期を終えた直後には、過労で倒れて救急車で運ばれたこともあります。妻からは「あの頃はずっと追い込まれていて、家では虚無の顔をしていたよね」と今でも言われます(笑)。
 それでも、妥協を許さない現場で叩き込まれた「プロとしての基準」は、今の自分の土台になっています。あの経験があったからこそ、今なお一杯のうどんにも、店づくりにも、できる限り妥協せず向き合えているのだと思います。

高まるうどんのメニュー。香川県やブラジルでの修行秘話や高瀬さんの大切にしている思いが書かれています。
Q:修行後にブラジルへ渡られたと伺いました。現地ではどのような体験をされたのですか?

 うどん学校で偶然出会った方から「ブラジルでうどん屋を開きたいから手伝ってほしい」と声をかけられたのがきっかけです。最初は半信半疑でしたが「航空券も住む場所も用意する」と言われ、2025年9月から3カ月間現地へ行きました。
 ブラジルでは、日本と同じようにうどんを作ろうとしても、そもそも同じ材料が手に入りません。うどんに適した小麦粉がなかったため、現地で手に入る製菓用の粉を使いながら、配合や作り方を試行錯誤しました。
 特に大きな学びになったのは、「正解がない状況で、どう答えをつくっていくか」ということです。現地では、「うどんを知らないブラジルの方に、どうすれば食べてもらえるのか」というところから考えなければなりませんでした。誰かが正解を教えてくれるわけではありません。自分たちで考えて実践し、その選択を正解にしていく。起業する上では、そうした力がとても大切なのだと実感しました。

 開業準備も、日本の感覚では思うように進まないことばかりでした。内装工事が予定通りに終わらなかったり、買ったものが壊れていて修理が必要だったりすることも日常茶飯事で(笑)。予定外のことが次々と起こる中で、「起業は何が起こるか分からない。だからこそ、その場で対応していくしかない」という柔軟性や、土壇場で決断する度胸も身につきました。
 香川での修行が「プロとして妥協しない基準」を身につける経験だったとすれば、ブラジルでの経験は「正解のない状況でも、自分で考えて前に進む力」を鍛えてくれたと思います。自分で店を始める前に、あの経験ができたことは本当に大きかったです。

Q:起業の地として、なぜ郡山市を選ばれたのでしょうか?

 根底には東日本大震災の記憶があります。当時、私は不動産会社に勤めていました。首都圏が計画停電になる中、ニュースで「これまで福島で作られた電気を使わせてもらっていた」と知り、いつか福島に恩返しがしたいと深く心に刻まれたのです。妻の故郷が福島県の伊達市だったご縁もありました。
 福島県はラーメンや蕎麦の文化が根付いていますが、うどん専門店は比較的少ない印象でした。だからこそおいしい本格讃岐うどんを届けたら喜んでもらえると考えました。県内で郡山市を選んだのは、飲食店の激戦区だからです。私は将来、まだ震災の影響を特に受けている12市町村に出店し、うどんを通して福島に恩返しをしたいと思っています。そのためには、飲食店激戦区の郡山の地で自分の実力を試したかったという思いがあります。この郡山の地で認められてこそ、12市町村に自信をもって向き合えると思っています。

Q:初めての起業や融資手続きにあたって、大変だったことや工夫したことは何ですか?

 完全なゼロからのスタートだったため、何から手を付ければいいのか分かりませんでした。日本政策金融公庫や商工会議所、会計事務所などに足を運び、相談しながら進めました。
 事業計画書の作成では、AIや既成のフォーマットに頼り切るのではなく自分の言葉で熱意を伝えたいと思い、書き上げました。あらゆる本や資料を読み漁り、1ヶ月間、図書館に篭りきりで事業計画書を作成しました。そして何度も書き直して事業計画書を仕上げました。自分の考えを文章にすることで、「何を大切にしたいのか」「どんな店にしたいのか」ということも、改めて整理できたと思います。資金面では、当初内装にこだわりたいという思いがあったのですが、「最初は資金をできるだけ抑えたほうが良い」という公庫さんから助言をいただき、その通りにして良かったと思いました。自分の考えを自分の言葉で整理しきったことが、無事に融資を得られた要因だと思っています。

うどんを水でしめる高瀬さん。「おいしいうどんを食べて喜んでもらいたい」という真心を込めて、一品一品丁寧に盛り付けまで行います。
Q:店名に「純手打ち」とありますが、こだわりやおすすめのメニューを教えてください。

 「“純”手打ち」とは、生地をこねる段階から伸ばして切る工程まで、一切機械を使わない製法のことです。本場の香川県でも機械化が進む中、あえて手間暇を惜しまない完全手打ちにこだわっています。
 この思いがより強くなったのは、ブラジルでうどん店の開業をサポートした経験があったからです。現地には製麺機がなかったため、完全手打ちでうどんを作ることになりました。決して効率の良いやり方ではありませんが、時間と手間をかけて作ったうどんが現地の方にも受け入れてもらえた。その経験から、「手間暇をかけることは、きちんとおいしさにつながる」と強く感じるようになりました。
 当店の看板メニューは「純高まるうどん」。一番人気は大きなエビがのった「ぶっかけ天ぷら」です。天ぷらは修行時代に丸1年かけて技術を磨き上げた自慢の逸品です。

Q:接客や店舗の雰囲気づくりで、特に大切にされていることは何ですか?

 「ただ、おいしいものを出すだけの飲食店にはしたくない」と思っています。
 食事のおいしさは、味だけで決まるものではなく、その時の気持ちにも大きく左右されると思うんです。仕事で失敗して上司に怒られた時や、大切な人とけんかをした時って、せっかくのご飯でも喉を通らなかったり、おいしいと感じられなかったりしますよね。
 ある時、「なぜ同じ食事でも、その時の気持ちによってこんなに感じ方が変わるんだろう」と考えるようになりました。そこから、食事は料理そのものだけではなく、食べる人の心の状態も含めて味わうものなのだと感じるようになったんです。
 お店には、それぞれいろいろな事情や気持ちを抱えたお客様が来てくださいます。だからこそ、少しでも明るい気持ちになって帰ってもらいたい。そのために、まずは明るく温かい接客を大切にしています。
 うどんを食べる前に、少しでもお客様の気持ちがほぐれて、その結果として「おいしい」と感じてもらえたらうれしいですね。
 もちろん「うどんがおいしかった」と言っていただけるのも、とてもありがたいです。でも、それ以上に「接客が良かった」と言っていただけた時が、何よりうれしいです。料理だけでなく、お店で過ごした時間そのものを喜んでもらえたように感じるからだと思います。

〈ここで奥様と従業員の方にもお話を伺いました。奥様は、高瀬さんの活動を一番近くで見てきて感じることはありますか?〉
 小笠原諸島で教員をしている夫から電話で「うどん屋になる」と聞いた時、最初は驚きましたが、熱い想いを聞いて応援を決意しました。やると決めたら有言実行する夫ですので、最後までやり遂げると信じていました。私自身も伊達市出身として福島に何か恩返しがしたいという気持ちもあり、夫婦で成長しながら福島へ来られて本当に良かったです。

〈従業員の方は、なぜここで働こうと思ったのですか?〉
 求人を見て、素直に楽しそうだと思ったからです。実際に働いてからも高瀬さんが従業員のこともちゃんと考えてくださっているのが伝わり、働く場所として選んで良かったと思いました。まかないとして毎日ここのうどんを食べられるのも幸せです。

一番の人気メニュー「ぶっかけ天ぷら」。自慢の大きな海老はサクサクの食感がたまりません。
Q:オープンから約3ヶ月以上が経ちました。お客様の反応はいかがですか?

 福島の皆さんが本当に温かく応援してくださり、感謝の気持ちでいっぱいです。毎週のように足を運んでくださるリピーターの方や、SNSでの発信を見て他県から駆けつけてくださるお客様もいらっしゃいます。
 私は修業時代から、「どんな人が、どんな思いでうどんを作っているのか」を知ってもらいたいと思い、主にSNSで発信を続けてきました。
 これからも、お客様に応援していただける店であり続けるために、良いことだけを見せるのではなく、うまくいかなかったことも含めて、できるだけ誠実に伝えていきたいと思っています。

左から、奥様の高瀬雛代(ひなよ)さん、店主の高瀬綾太さん、従業員の菅田椿稀(すがたつばき)さん
Q:今後、福島県内でどのような店舗展開や挑戦をしていきたいですか?

 先日ご来店されたお客様の中に、富岡町から避難されている方がいらっしゃいました。後日実際に現地へ足を運んでみると、震災から時間が経った今もなお大変な想いや課題を抱えている地域があることを実感しました。
 もちろん、まずは今の郡山の店をしっかりと軌道に乗せることが最優先です。その上で、将来的には震災や原発事故の影響を受けた地域にも店舗を出したいと思っています。
 うどんを食べに来てくださる方に少しでも元気になってもらい、人が集まるきっかけをつくる。そうした形で地域に貢献し、以前から抱いてきた「福島への恩返し」を少しずつ形にしていきたいです。

Q:最後に、起業を考えている方へメッセージをお願いします。

 学校や一般的な職場では「起業のやり方」を教えてくれないため、自分もそうだったのですが仕組みが分からないこと自体が怖さを生んでいるのだと思います。もちろん全ての責任を自分で負う厳しさはあります。
 しかし、自分の想いをダイレクトに形にでき、お客様からの感謝や笑顔を直接受け取れる喜びは代えがたいものがあります。「怖い」という先入観を捨てて、ぜひ勇気を持って最初の一歩を踏み出してみてください。

本格純手打 高まるうどん

住所:〒963-0105 福島県郡山市安積町長久保1丁目7-14
TEL:080-6504-6021
営業時間:平日10時〜14時、土日10時〜15時、第3、第4日曜17時~20時(麺がなくなり次第終了)
定休日:第2日曜日・月曜日・火曜日
駐車場:店前に4台、第二駐車場あり

店舗外観

取材者の声

  • 氏名: 須田 絵里加(すだ えりか)
  • 所属等: 株式会社日本政策金融公庫郡山支店 国民生活事業 課長代理

  •  初めて郡山支店にご相談いただいた時から担当させていただいておりましたが、第一印象は「情熱がある方」でした。福島への思いはもちろん、相談初期の段階から事業計画書の完成度が高く、時間と熱意をかけて創業の準備をされているのがすごく伝わって、自然と応援したいと思うような方でした。
     これから起業される方には、高瀬さんのように事業計画書の作成に本気で取り組んでいただきたいなと思います。創業後の具体的なイメージを持っている方ほど成功されている方が多い印象があります。ただ、最初から完成度の高い事業計画書は誰でも作れるわけではないと思います。そんな時は公庫の窓口や金融機関、商工会・商工会議所および福島県よろず支援拠点などの相談先を気軽に利用してほしいです。
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