天は努力する人を助ける
株式会社クリプトメリアギガンデア 大谷志保さん

 もしかしたら何かの導きだったのかもしれません。大谷さんの会社を訪問したのは折しも終戦記念日、8月15日の暑い日でした。
 普通であればお盆休み期間中にも関わらず、そこには「介護の理想を求めつつも事業として成立させるにはどうするか?」を論理的に組み立てていく賢い起業者の姿がありました。

Q:まずは大谷さんのプロフィールを教えてください。

 いわき市の出身です。両親は宮城県の出身で、父が材木を商う仙台市の会社に勤めていましたが、いわき市に支社を設立することになり、いわき市に転勤となりました。建物の建築に使う木材を地域の大工さんに販売するという仕事でした。いわき市に赴くときは、母と結婚したばかりだったそうです。
 私から言うのもなんですが、父は大変コミュケーション能力に長けた人でした。その後も市内で何度も引っ越すのですが、引っ越す先々で周囲とすぐに仲よくなるんです。
 そうこうするうちに父が独立しまして、自分で材木商を営むようになります。そういった父の姿を見ていたことが、私が独立して会社を起こす遠因になっているかもしれません。高校までいわき市内で過ごしましたが、その後は父の会社の経理を担当できるようにと仙台市にある会計の専門学校に通いました。

事務所の内装
Q:そうすると最初は介護業界ではなかったんですね。

 そうですね。専門学校を卒業してから父の会社で経理の仕事に取り組んでいました。
 ところが世の中の変化は刻々と進んできて、建築業界でもハウスメーカーが台頭するようになります。それまでの大工さんが材木を買うというルートが、ぐっと狭まってしまったんですね。
 ちょうどそのころ、「介護保険」というものが世の中に出てきます。新しくできた制度のため、一定数の有資格者を育成しないと制度自体が動かないんですね。当時は5年のヘルパー経験でケアマネジャーの受験資格が与えられました。
 でも最初は資格も経験もないので、ヘルパーの運転手からスタートしました。それから働きつつヘルパー資格を取り、8年掛けてケアマネジャーの資格試験に合格したんです。
 私は経理の経験があって会計ができたので、事務職も随分やりました。本当はケアマネジャーに専念したかったんですが、掛け持ちで3年ほど取り組んでいました。

これから活用していく母屋
Q:回り道をしたようですが、身に付けた能力が生きた訳ですね。

 会社の経営状態も把握できるので、経理を経験していたことは大きかったですね。
 勤めていた会社は地域でも大きな規模でした。居宅介護支援以外にも高齢者賃貸住宅、グループホーム、ショートステイなど、介護に関わる事業を包括的に運営しています。
 しかし、そういう会社では「囲い込み」を求められることが多いんです。本来1人の要介護者に対するケアプランはケアマネジャーがニュートラルな立場で決められるんですが、会社内にサービスがあるメニューの場合は会社のサービスを使うよう求められることがあるんです。
 私はこの点に納得できなかったんですね。それでケアマネジャーとして独立しようと考えるようになりました。

いわきビジネスプランコンテストで福祉教育賞を受賞
Q:最初はいわき産業創造館の創業者支援室(インキュベートルーム)でスタートしたんですよね。

 そうです。独立と同時に入居しました。都合6年間いて、2024年の6月に卒業して移転しました。
 いわき産業創造館に入居できたのはとてもいい経験でした。定期的に専門家に相談できますし、いろんな情報がいち早く入ってきます。「ふくしまベンチャーアワード」についても施設から情報をいただき、応募して特別賞をいただきました。そこで幅広い方とのネットワークが築けたこともとても有意義でした。
 年に1回「更新審査」があるんですが、これがまたよかったです。1年間を振り返って次の1年の目標を決めていくという作業を通し、1年をとても貴重な時間として私の中に刻ませていただきました。

母屋内も立派な造り
Q:今後はどういった会社を目指しますか。

 私は、私たちが穏やかに生きていけるのは、高齢者の方々が戦中戦後にがんばってこられたからだと考えています。あれだけ戦争でボロボロになったのに現在の豊かな日本があるのは、あの世代の方々が本当にがんばってくださったからだと思います。
 だからこそ介護を受けるに当たっては、満足できる幸せな介護を受けて欲しいですし、嫌な思いをしないように過ごしていただきたいです。これからも、そのためのお手伝いに力を尽くしたいと思っています。
 この場所に会社を構えるまでには何カ所か候補がありました。なかなか決まらなくて、いわき産業創造館の卒業が見えてきて焦り出したころ、運命のようにここが見付かったんです。

 後ろの母屋はまだ使っていないんですが、要介護者や障がい者の施設として整備していくつもりです。この事務所以外にも大きな物置があるので、そこも使いながらデイサービス施設を用意し、ショートステイも行えるようにしていきます。
 日本では介護事業者がかなり増えているんですが、障がい者への相談支援などは格段に少ない状態です。相談支援が付いているのは全体の0.5%という報告もあります。大部分の方は、母親などが役所に言われて使えるサービスを選んでいるような状態なんです。そのため、ここからは障がい者支援を充足させていきたいと思っています。

Q:起業する前にやっておけばよかったかな?と思うことはありますか。

 私の場合は計画をあまり立てずに独立したという経緯があります。その反省も込めてですが、やはりきちんと計画を立てることが大切でしょう。特に運転資金の手当てなどは、早めに考えておくのがいいと思います。私自身、経理を経験していたこともあり、やはり最低限の経理的な知識は身に付けた方がいいと思いますね。数字は嘘をつきませんから。
 会社設立の登記は自分で行いました。こういう制度的な部分は事前に学習しておく方がいいと思います。私はいわき産業創造館で専門家に相談できたのでよかったのですが、何か困ったときに相談できる方を見付けておくのが大事ですね。金融機関などで行っている創業塾、起業セミナーなども受けておいてよかったと思います。

Q:最後にこれから起業する方へ、ひと言お願いします。

 私は自分自身について「何かをできる人間」だとは思っていませんでした。会社員時代も「ずっとこの会社に勤めるんだ」と思っていたんです。でも外に出てみたら、いろんな方とつながったことで自分の可能性が広がりました。一歩前に出る勇気を持つことが大切だと思います。

株式会社クリプトメリアギガンデア(きづかいケアプラン)

住所:福島県いわき市小名浜下神白字三崎33
電話:0246-88-8268
営業時間:8:30~17:30
定休日:日、祝

取材者の声

  •  介護にはお盆もないようで、お盆中の忙しい中で時間を取っていただきました。
     移転した場所は海のそばで、太平洋を見ながら小高い丘を登っていくと集落の突き当りに建物がありました。雰囲気が少し独特で神聖な「気」を感じたのですが、もともと神社が建っていた場所なんだそうです。
     母屋は平屋で「これだと高価なエレベーターなどを付けなくてもそのまま使える」という、かなり大きく立派なお屋敷でした。素晴らしい環境で、利用者の方々にも喜ばれるのではないかと思います。
     一度聞いても覚えられないけど、覚えたら絶対に忘れない社名が印象的です。「クリプトメリア」は杉の木の学術名で「ギガンデア」は大きいという意味。杉は何にでも使われる素材で、宮沢賢治は「杉は日本の宝」と言ったのだとか。大谷さんはいまの世の中を創ってくれた「高齢者こそ日本の宝」という想いを込め、この名前を付けたと話してくれました。
     大谷さんがお父さんから伝えられた言葉「人の信用を得るには3年掛かる。なくすのは3秒ですむ」が素晴らしかったので、最後にご紹介させていただきます。

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