人口200人の町で起業して成功するには?
open roastery Alu. 店主 深澤諒さん
福島県双葉町。東日本大震災と原発事故により全町避難となり、4年前となる2022年にやっと双葉駅周辺などの一部が避難解除されました。震災前の人口は7,000人ほどでしたが、現在は帰還した方々含めて200人程度となっています。
真夏の暑い日差しが照りつける中、双葉駅すぐ側の壁画アートが目立つ店舗で、今回の取材者である深澤さんは落ち着いた様子ながらも楽しげに事業と向き合っていました。私も震災後の双葉町を訪れたのは初めてでした。果たしてここで事業が成り立つのか……半信半疑でお話を聞きに伺ったのですが、取材を度々中断しなければならないほどお客様が絶えずに来店されていました。
「コーヒーの焙煎」と「ドリンクスタンド」。人口200人の町で、なぜこの事業が成り立つのか?そこには深澤さんが考え抜いた起業のプランと、そのための準備がしっかりと作用していました。
Q:まずはプロフィールを教えてください。
出身は秋田県秋田市です。1996年生まれで、大学卒業まで秋田県で過ごしました。双葉町で起業し、現在は大熊町に住んでいます。
家族構成は、両親、2歳下の妹、そのまた2歳下の弟の5人家族です。家族みんなアウトドアが大好きで、キャンプや海によく出かけたのを覚えています。その影響もあって私も旅をするのが大好きでした。
中学生の時には秋田県内を巡り、高校生でヒッチハイクと青春18切符で全国を一周。大学生の時には世界一周をしました。新しい地域、訪れたことがない場所を巡るのがとにかく好きなんです。
Q:その頃から将来はこの仕事をしようと思っていたのですか?
私の家族や親戚が公務員ということもあり、学生時代は学校の先生になりたいと思っていました。でも実際に海外の教育に触れてみると、「これは 公 の教育じゃなくても良いのではないか?」と考えだして、方向転換したんです。それが「起業」だったのですが、その段階で今の事業を考えていたわけではありません。コーヒー自体は好きでしたが、趣味の一環でした。
周りが就職活動を終えて大学卒業が迫る頃、世界を旅する中でフランスで出会った日本人シェフから、故郷の長野県に帰って起業する話を聞きました。自分が起業する時のためにスタートアップを体験してみようと思い、スタッフとして採用していただくことになりました。それが2020年の話です。ところが新型コロナウイルス感染症の流行により、そのシェフが予定していたようには起業ができず、同年3月に採用が取り消しになりました。
店主の深澤諒さんQ:最初から波乱万丈ですが、就職はどうされたのですか?
仕方がないので、大学を卒業してから就職活動しました。色々な話をいただいた中で、最終的には福島県三島町の地域おこし協力隊になりました。そこでは町の観光協会でコロナ禍の観光企画などを担当していたのですが、そこで今の「コーヒー焙煎の師匠」に出会ったんです。平日の昼間は地域おこし協力隊の仕事、夜と休日は焙煎の勉強という生活を送るうちに焙煎の面白さや奥深さにはまっていったと思います。
店名には「在り、歩き、提案し続ける。」という3つの意味が込められているQ:そこからいよいよ起業になりますか?
いいえ。三島町には2年くらい住んで、そこから浜通りの楢葉町に引っ越します。私は元々浜通りに知り合いも多くて、起業するなら浜通りかなと考えていました。高校生の時に大熊町出身の人と出会ったのですが、その時はまだ大熊町には立ち入ることができませんでした。東日本大震災後、「何にもない場所から街が創られていく復興の過程で、自分の事業を立ち上げ育てていく」ところに強く惹かれました。
楢葉町では、移住者向けシェアハウスの立ち上げを目指す起業者をサポートするため、スタッフとして働くのと並行して、焙煎所開業の準備を進めていました。平日はシェアハウスの仕事、休日は三島町にいる師匠のもとへ通いながらイベントにスタンド出店するというダブルワークです。無事起業したシェアハウスで2年ほど働いた後、大熊町への移住を経て、2025年に起業しました。
店内で焙煎されるコーヒー豆Q:今の事業モデルを教えてください。
基本は「コーヒー焙煎」と「ドリンクスタンド」の二本立てです。
コーヒー焙煎は卸販売がメインです。浜通りや県中地域のカフェなどの飲食店に卸しています。ドリンクスタンドは店頭販売をし、イベント出店もお声がかかれば可能な限り出店します。
起業を決めた頃、楢葉町から南相馬市くらいのエリアで出店場所を探していました。双葉町に決めたのも、お店の大きさなどの条件がちょうど良い物件があったからです。
Q:それにしても人口200人の町で起業するのは勇気が必要だったと思います。
実はそんなに心配はしていませんでした。イベント出店を通してコーヒーの販売先をある程度確保できていたからです。実際にコーヒーを飲んでもらい、気に入れば購入していただきます。その意味ではイベント出店は販売であると同時に広報であり、営業にもなるわけです。起業時には5つのお店と契約でき、売上のベースは準備することができました。さらに双葉町で起業すると、さまざまな媒体で紹介していただく機会がありました。それをきっかけに、新たなイベント出店や商談会へのお誘いをいただくこともあります。
ドリンクスタンドの方は、実はあまり期待していませんでした。起業する前にお店周辺を観察したところ、一日の通行人は15人ほどでした。通行する人が全員コーヒーを飲むわけじゃないだろうから、一日に10杯くらい売れたら良いかと思っていました。しかし始めてみたら一日に何回も利用してくださる方がいたりと、けっこう忙しくしています。
本当は事業として「お土産品を作って道の駅で販売する」という目標をもう1つ掲げているんですが、ありがたいことに忙しすぎて、まだ何も仕上がっていない状況です。
深澤さんが丁寧に時間をかけて焙煎Q:起業前に想定していなかった事は起こりましたか?
自分なりに事業プランは考え抜いたつもりなので、大筋ではプランに沿っていると思います。もちろん細かいハプニングも起こることはありますが、それは現場があれば必ず起こることですし。ただ、最近のコーヒー豆の値上がりは想定外でした。お店も主原料がコーヒー豆なので価格転嫁はやむを得ないのですが、全て改定はできていない状態です。そのため大口の顧客を一件くらいは増やしたいと思っています。今後の目標であるお土産品に関してもぜひ完成させたいです。それと、自分がコーヒー好きなのに他のカフェに行く時間が確保できず、思うようにカフェ巡りができていない状況です。
やっておけば良かったことは、データをわかりやすく客観的に残しておけば良かったと思っています。自分が勉強してきたことを形にしておけば、新しく入るスタッフにも伝えやすかったと思います。
Q:深澤さんが活用された県の支援制度について教えてください。
今、移住や起業に関してさまざまな支援があると思います。特に浜通り12市町村は震災被害と原発災害が重なっているので、手厚い制度がいくつもあります。私の場合は少し特殊で、一度三島町に移住しているため県内移住になってしまうのです。そうなるともう、いわゆる移住用の支援制度が使えなくなってしまいます。
もちろん補助金ありきで起業を考えたわけではないので、「補助金がなければ起業しない」という話ではないのですが……最初は色々と大きな機器も必要ですし、物件を店舗として使えるようにするのもまとまった資金が必要です。そこでクラウドファンディングなどで資金を募りながら、利用可能な県の支援を発見しました。それは「福島県創業促進・企業誘致に向けた設備投資等支援補助金」といって、2026年現在も続いています。私はこの制度で自分の事業プランを他者に説明して、理解していただく場を持てたのがよかったと感じています。アドバイスをいただく中でかなり厳しい意見もありましたが、それまでは友人や知人を相手に事業プレゼンをしていたので、厳しい意見をいただけたのは結果的によかったと思います。
私自身は、可能であれば補助金に頼らない事業設計を目指すことが大切だと考えています。特に、小規模事業者でもランニングコストを補助金に依存してしまう例を多く見てきました。補助金ありきで考えるのではなく、まずは「事業計画の中で自分が確保できる資金源を整理する。その上で不足分をどう補うかを考える」というプロセスが重要です。投資家へのプレゼンなどでも、その際に作った資料が非常に役に立ちました。その上で評価される事業計画が立てられていれば、補助金でも支援してもらえると考えるのが順当だと思います。
淹れたてのコーヒーも味わえるQ:これからの事業の目標などはありますか?
基本的なことですが、私は顔が見える範囲で仕事をするのが好きです。その見える範囲を広げていきたいと思っていますが、どうやるかを思案しています。
近い将来「地域ブレンド」を創りたいと思っています。「今の卸先や取引先」であれば、そこの商品と合うコーヒーを創る。それが「地域」であればその地域を表現するコーヒーを創る。食材に自信を持つことができれば、お店が取り扱うコーヒー豆は「どこで作ったものか」というところまで遡れるものだと思っています。
今年の夏には初めてインターン生を受け入れるのですが、彼女たちには成果として「2026年インターンブレンド」を作ってもらう予定です。
Q:最後に、これから起業する方へひと言お願いします。
業種によるとは思いますが、事業プランが固まって「さあ、起業する場所を探そう」という段階では、焦らず慎重に決めるべきだと思います。地域やそこに住む人は相性があるので、数字上のデータなどで決めるのではなく、徹底的に調べた方が良いです。特に店舗の運営など「変えたくても簡単には変えられない要素」が出てくるような業種は、その相性はとても大事だと思います。
open roastery Alu.
住所:福島県双葉郡双葉町長塚字町45-1
営業時間:日によって異なります。下記インスタグラムを参照ください。
定休日:火曜・水曜
- Instagram: https://www.instagram.com/open_roastery_alu/

取材者の声
- にこにこ笑いながらお話して接客する深澤さんは、今の仕事を心から楽しんでいるように見えます。「こんなに楽しく起業できるなら、私もやってみようかな!」と感じた方も多いかもしれません。しかし、その笑顔の裏には周到に用意された起業までのアプローチがあります。取材してみて気づいたのは以下のようなことです。
【一人時間差を活用している】
一般的に起業スタート時は、例外もありますが一人で何から何までできる仕掛けが必要です。その意味では、業務配分のバランスが大事になってきます。主体となるコーヒー焙煎とドリンクスタンドはピークタイムをずらせる工夫があります。また商材についても、ドリンクスタンドはその時々に来店したお客様に提供するものですが、コーヒー焙煎の商材はある程度の準備時間を見込めます。深澤さんが意識したかどうかは別として、一人で起業するには作業効率の良い商材選びも成功の一因にあると考えられます。
【一度で複数の役割を遂行し、成果につなげる】
起業後、営業・販売・納品・広報活動などを全部一人で行うのはなかなか難しいものです。深澤さんは1回のイベント出店で、販売をしながら、商品とお店を知ってもらう広報活動もこなし、販売先を広げる営業も行っています。
【起業者の近くで体験する】
起業者・経営者が「どのような場面に出会い、どう考えて、どう行動したか」を同じ空間で体験することは、実際に起業した時に大きな資産となり、助けてくれます。
【周到な準備をする】
起業を志せば、一日でも早く実行したいものです。そこを深澤さんは5年かけて、技術の習得、事業プランの組み立て、シミュレーション、販売先の確保などをしてスタートしました。
ざっと見ても、これだけのことを抑えています。これはなかなかできることではありません。深澤さんが言われるように「徹底的に調べる」ことにもっと成功のヒントが詰まっていると思います。これからがますます楽しみな起業家でした。
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