数々の店舗で腕を磨いてきた不屈の料理人
そばと日本料理を提供するお店を福島市に開業
蕎麦割烹HONDY 主人 本田孝幸さん

福島市に蕎麦割烹HONDYを開業した本田孝幸さん。

 2025年に福島市で「蕎麦割烹HONDY」をオープンさせた本田孝幸さんは、高校卒業後に都内のさまざまな店舗で腕を磨いてきた料理人です。コロナ禍を経て故郷の福島市に戻り、起業を目指しましたが、初めての融資審査では不採用となってしまいました。ショックを受けた本田さんですが、諦めずに事業計画を見直して無事資金を確保。実家のそば屋を改装するなどの工夫を加え、日本料理も提供するお店を開業しています。不採用から立ち直って新たな飲食店を立ち上げた本田さんに、起業前後の苦労や手ごたえなどを尋ねました。

Q:まず起業するまでの主な経歴について教えてください。

 出身は福島市です。福島商業高校を卒業後、都内にあったエコールキュリネール国立に入学。日本料理専門カレッジという学科に進み、そこで1年間勉強に励みました。
 料理を学ぼうと考えたのは高校よりずっと前です。実家が「花月庵」というそば屋だったので「いつか自分がこの店を継ぐのだろう」と考えていました。
 専門学校卒業後はそのまま都内で就職しています。2004年からいくつかの店舗で働き、修行を重ねていきました。10年ほどいろんな店舗を回った後、2014年には麻布十番にあるそば店の料理長に就任しています。4年ほど働いた後「もう少し料理を勉強したい」と考え、恵比寿の日本料理店で2年ほど研鑚を積みました。

県産や東北産の食材にこだわっているという、本田さんのそば。仕入れ先も幅広く、20社ほどに上ります。
Q:その後に県内へ戻ってきたということでしょうか。

 福島市に戻ってきたのは令和に入ってからです。当初は実家のそば屋で経営者の父を手伝いながら一緒に働いていました。ただ父が負傷して入院することになり、それが長引いたので自分が切り盛りすることになったのです。そこでメニューをガラッと変え、つゆの味に手を入れたほか、そばも手打ちに変更。仕入れ業者も変えるなど、一応自分が仕切るという形でひと通りやらせてもらいました。ちなみに父の入院は、命に関わるようなものではないので大丈夫です。
 ただ花月庵は2022年に一度廃業しています。その後は福島市内の日本料理店で、料理長を務めました。2023年にはそのお店もなくなったため、開業までの間は市内のラーメン店で働いています。ラーメン業態にも興味があったので、調理方法や厨房での動き方などを勉強させていただきました。

Q:福島市内で何店舗か経験された後、開業されたのですね。

 いくつかのお店で働いた後、2025年2月13日にこのお店をオープンさせました。「蕎麦割烹HONDY」という屋号を掲げていますが、これは私が中学生のころから「ホンディー」と呼ばれていることに由来します。頭に「蕎麦割烹」という聞き慣れない言葉が入るため、変に敷居を上げないようニックネームを採用しました。「長く親しんでいただけるように」という狙いもあります。
 「蕎麦割烹」を掲げているのは東京にいた2004 年ごろ、都内で日本料理とそばを合わせたようなお店が流行っていたことがきっかけです。学生時代にはそういったお店を目にして「そばだけ覚えて帰るのはもったいないな」と直感が働きました。最初に勤めたお店にもそば割烹というか、そばを打つ一方で日本料理もしっかり手掛けているお店を選んでいます。その時期から私も「そばだけでなく、日本料理にもしっかり取り組みたい」と考えるようになり、開業時にも「蕎麦割烹」を掲げるにいたったのです。

一枚板のカウンターを中心とした店内。「花月庵」の看板も残してあり、当時からのお客様も訪れるのだとか。
Q:他店舗で働いてきた中で起業しようと思い立ったのは、何か理由があったのでしょうか。

 起業したのは、福島県内に戻って4年目となるタイミングです。年齢的な理由もありますが、この土地でやっていく自信が付いたことで「起業するなら今しかない」と思い、決断したのです。
 現在は実家のそば屋を改装して営業していますが、実は当時の勤務先で働いていたころから開業のための物件を探していました。その際には不動産関係のお客様から、いい場所をご紹介いただけることになっていたのです。しかし同じく相談していた日本政策金融公庫さんの最初の融資審査に通らず、計画を見直すよう促されてしまいました。その後、建築士の方に勧められたこともあり、実家を改装する方向で計画をイチから見直したのです。

Q:事業計画を見直すのは大変だったと思いますが、どのように乗り越えたのでしょうか。

 当初は中心市街地で夜間を中心に営業する計画でしたが、コロナ禍の影響もあったので不安視されたのでしょう。計画し直しには正直へこみましたが、高校の同級生に紹介してもらった建築士の方が細やかに対応してくださったので助かりました。この方には建物の改装に伴走していただきながら、幅広く相談に乗っていただいています。また経営者の先輩としても勉強させていただきました。花月庵の改装時には天井裏が見えるようにし、そば打ちの部屋も新設。特に一枚板のカウンターにはこだわりました。再計画はなかなか大変でしたが、最終的にはいい形につながったのかもしれません。
 ただ改装には当初予算から200万円ほど多く掛かっており、運転資金にまで手を付けている状態でした。このため、オープン時にはかなりの危機感を持ってスタート。幸いテレビで紹介されたこともあり、何とか乗り越えることができました。

本田さんが手掛ける日本料理。夜の営業を強化しながら「裏のれん営業的な料理も出したい」と話しています。
Q:提供している料理や店構えなど、展開する事業の特徴を教えてください。

 昼の部でお客様に提供しているのは、看板のそばをはじめ、カツ丼やカレーなどのご飯物、そばがきや出汁巻玉子といった一品料理です。一品一品の作り込みでは他店に負けないと思います。仕入れ業者と小まめに情報共有を行って産地や品種を定期的に変えながら、その時季の最高のそばを提供しています。
 その一方で当店では天ぷらを提供していません。当店の厨房設備や調理を1人で行っているオペレーション体制がその理由ですが、それ以上に天ぷらがなくても十分勝負できるそばと変わり種メニューへの自信がありました。
 今後は店名の「蕎麦割烹」のとおり、昼のそばだけでなく夜のコース料理でも集客を図っていきたいです。素材本来の味わいを大切にした料理がお客様の心に刺さり、夜の営業が今後にぎわえば、体力的にも経営的にもプラスになるのではないかと考えています。

Q:最後に起業してよかったことと、これから起業する方へのアドバイスをお願いします。

 起業してよかったことは、自分のやりたい形で自由に料理できている点です。仕入れ、仕込み、研究、開発といった手間の掛かる仕事も多いですが、その先にあるゴールの価値は大きいと感じます。それは手掛けた料理の数々を、目の前のお客様に喜んでいただけることです。それこそが、この仕事のやり甲斐ではないかと思います。
 起業を進める際は、味方が多いほど有利です。資金力や運に左右される点も多いですが、それは個人の状況によって大きく異なるでしょう。私の場合は一度融資審査に通らなかったことでショックを受けましたが、料理に自信があったので「後はやり方だけだ」と気持ちを切り替えることができました。最後まで諦めずに計画し直したことで、無事起業できたのかもしれません。

蕎麦割烹HONDY

住所:〒960-8165 福島県福島市吉倉字八幡27-3
TEL:080-9636-5316
営業時間:
昼 11:00〜14:30(最終注文14:00)
夜 18:00〜22:00(最終入店21:00)
定休日:水曜日(祝日の場合は翌木曜日)
駐車場:10台

取材者の声

  • 氏名: 鈴木司(スズキツカサ)
  • 所属等: 株式会社日本政策金融公庫福島支店 国民生活事業融資課 課長代理

 本田さんはさまざまな店舗で経験を積まれた後に創業された方です。開業時から順調に経営されている点は、これまでの努力が実った形なのでしょう。
 融資は一度採用を見送りましたが、本田さんにはそこでくじけない芯の強さも感じました。当時は相当悩まれたと思いますが、それでも熱意を持って創業計画を練り直されたことが、現在の姿につながっているのだと思います。私も相談者の方々に「創業に向けた覚悟や思い」を尋ねていますが、今回はあらためて「創業者にはそういった気持ちの強さが大切なのだ」と実感する取材となりました。
 創業者に対しては創業に限らず、計画の見直しを含めて何度かご相談いただくケースもあります。今後も事業者、創業者の方々のご相談に寄り添って支援に当たりたいと思います。

株式会社日本政策金融公庫福島支店 国民生活事業融資課 課長代理 鈴木司

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