静かなる起業者
一般社団法人fukucier 小林しのぶさん
起業者には、さまざまな色や香りがあるのではないでしょうか。強い色や香りをお持ちの方や安心する色や香りを漂わせる方など、100人の起業者には100通りの個性があると思います。
そういった中で、今回紹介する小林さんは本当にふわっとした優しい雰囲気が漂っている方でした。言われなければ「経営者」とは気付かない空気をまとっているのです。
そんな小林さんが7年前に立ち上げた「いままでになかった介護福祉サービス」が、地域を超えて福島県全域に広まってきています。その秘密はいったい何なのか、興味津々で事務所に向かいました。
Q:まずは小林さんのプロフィールを教えてください。
福島市の出身です。小・中・高と、学生時代は福島市内で過ごしていました。子どものころは「どうやったら家族に迷惑を掛けず、自立して生きていけるのか?」といったことを考えているような、少し変わった子どもだったと思います。
それほど勉強ができた訳でもないのですが、高校卒業後は家族の負担にならないよう、自然な流れで市内にある自動車販売ディーラーに就職しました。私が働き始めた1990年代後半は、いまのように産休育休の制度はあっても「なかなか使えない」「女性は管理職になれない」という風潮を感じるような時代です。結婚して子どもが生まれても産休育休を取得している先輩方が少なく、私自身も「取得は難しい」と感じていたこともあり、退職せざるを得ませんでした。
とはいえ出産後には生活のため、どこかで働かなくてはなりません。生後数カ月の子どもを保育園に預けている状況なので「絶対に残業することなく、必ず定時に帰れる」という条件で、市内の精神科病棟で看護助手として働き始めることになりました。当時は医療経験も医療資格もない状態で、採用されたのです。
利用者ひとりひとりに寄り添った支援Q:ここまででも凄い人生ですが、ここから医療や介護に関わり始めたのでしょうか?
勤めてみると、いままでの仕事とはまったく勝手が違うことに気が付きます。「何でかな?」と思っても、資格のない私には何も言えないのです。
そこで一念発起し、勉強して資格を取得することにしました。とはいっても仕事もあれば子育てもある身です。通信制の介護専門学校に入学し、介護福祉士の資格を取得しました。
勤務を続けているとケアマネジャー受験資格の条件も満たせたので、その勉強も始めて無事資格を取得しています。勉強は楽しかったのですが、当時は仕事、子育て、勉強に追われる日々でした。自分でもそんな時期に「よくすべてをこなせていたな」と思います。
ケアマネジャー資格を取得してから、介護事業所に転職しました。そこで現在の高齢者をめぐる、さまざまな課題に直面します。そこで課題解決に役立つと考え、通信制で社会福祉士の資格も取得しました。
当時は職場でケアマネジャー、相談員、人事という三つの業務を掛け持ちしている状態です。施設の事業を全体的に把握できたことで「いまの介護保険では対応できないことが山ほどある」ということに気が付きました。
介護保険に設けられている縛りは、自分がいくら勉強しても越えられません。そう気が付いたときに「それなら自分でその仕組みを作れないか?」と考えるようになったのです。
外出することが難しい利用者にもオンラインを利用してサポートQ:そのタイミングで起業を考えたのでしょうか?
いえ、まだまだ修業は続きます(笑)。
職場で人事を担当していたのですが、その面白さに気付いたのです。経営者層や若手のスタッフは、よく「若い人材を雇用したい」と言います。確かに中高年者には体力に不安がある方、泊まり勤務が難しい方が多いことも事実です。中には現場のスピード感に付いていけない場合も見受けられます。
ところが介護を受けている方々からすると、中高年スタッフの評価が高いのです。ゆっくりでも丁寧で、話を聞いてくれる方がいいのかもしれません。
そこでこの方々の勤勉性や経験に注目し始めたのですが、これは現在取り組んでいる事業でスタッフを集める際にも役立っています。
そんな中で独立起業の気持ちが固まってきたのですが、その一方でお世話になった職場ではケアマネジャー、相談員、人事を掛け持ちしていたため、辞めるに辞められない状況になっていたのです。「仕事を学ばせていただいた」という恩もあるため、簡単に割り切る気持ちにはなれませんでした。
Q:それは困りましたね。そこからどのように退職されるのでしょうか?
願えば通じるのかもしれませんが、そのころの夫の職場が会津若松市だったので必然的に移住することになりました。それにともなって以前の職場も辞めることになったのです。
その後、2018年5月に移住先の会津若松市で起業することになります。
Q:意外な展開ですね。ご主人もまさか起業するとは思っていなかったのではないでしょうか?
そうかもしれません(笑)。起業すると決めたときには、私から主人に「起業して5年経っても食べられないときは辞める。そこまでは家に生活費を入れられない。申し訳ない」と伝えました。
起業に必要なお金はがんばって貯めてありましたが、それにも限りがあります。5年経ってだめだったときには「取得していた介護福祉士などの資格を生かして再就職しよう」と考えていました。
県内で「介護保険外サービス活用説明会」を実施する様子Q:スタートしてからは順調だったのでしょうか?
最初の広報は新聞だけだったこともあり、なかなか利用者が増えませんでした。しかし働き手の方にはたくさんの応募があったのです。これは前職で人事を担当していた経験が大きく役立ったからだと思います。
また利用者様が思うように増えていかない中では、セミナー講師のご依頼を複数いただきました。お声掛けいただいたのは、自治体、地域包括支援センター、社会福祉士などの職能団体となります。ちょうど介護保険の制度と現実の介護現場の乖離が見えてきた時期だったからではないでしょうか。そういう意味ではタイミングがよかったのかもしれません。
最初はセミナーで使用するパワーポイント資料を作るのに何日も掛かるなどして大変でしたが、その年に出した「ふくしまベンチャーアワード」の資料を作るうえでは役立ちました。その甲斐もあってか、ふくしまベンチャーアワードでは最優秀賞に選んでいただいています。
ベンチャーアワードで最優秀賞となった後には、ありがたいことにセミナーのご依頼がさらに増えて「働きたい」という方も増えてきました。そうやって私たちが何をしているか伝えているうち、徐々に利用者様の数も増えてきたのです。これは自分だけの力ではなく、支えてくださった方がたくさんいたお陰でしょう。皆様には本当に感謝しています。
お互いの苦手を支え合う素敵なスタッフのみなさんQ:事業がどんどん拡大していますね。
はい。セミナーのご依頼を受けている間に、自治体や法人との連携事業も増えていきました。私たちの取り組んでいることが「何とか認められてきた」と実感できたのはこのころです。
私たちは現在、福島県の「住宅確保要配慮者居住支援法人」になっています。これも熊本県の事業者から「あなたの会社は居住支援そのものだから、これをやった方がいい」とアドバイスされ、取得したものです。
現在は働き手のみなさんが200人近くいる状態ですが、その中から「隙間時間だけでなく、きちんと仕事したい」という要望も出てくるようになりました。そういった中で、訪問介護事業と介護タクシー事業を展開しています。
いつも優しく利用者に寄り添うスタッフQ:起業する前に「やっておけばよかったかな?」と思うことはありますか?
私の場合は起業してから広報活動を始めました。当時は「そういう順番が普通なのか」と思っていましたが、もっと早めに広報活動を行っていれば利用者様獲得までの時間が短くて済んだかもしれません。その反省を生かし、訪問介護事業と介護タクシー事業ではスタートするかなり前から周知活動に努めました。
これはやっていてよかったことですが、起業前には手当たり次第に起業のセミナーや相談会に出ていたのです。他県のセミナーなどに足を運んだこともありますが「出てよかった」と感じます。逆に起業してからは時間が思うように取れず、なかなか参加できなくなってしまいました。自分のセミナー運営にも役立ったと思います。
生活支援だけではなくお話や遊び相手になることもQ:最後に、これから起業する方へひと言お願いします。
私の場合、身近には起業する方がほとんどいませんでした。私自身、起業する方々は「特別な方が特別なことをする」というイメージを持っていたのです。でも実際にやってみたら、そんなことはありませんでした。
そして起業前の不安とは裏腹に「起業しなければよかった」と思ったことは一度もありません。毎日失敗の連続なのに・・・ですよ(笑)。予想したり計画を立てたりすることはとても重要ですが、実際やってみないと分からないことばかりです。とにかく一歩ずつ行動し、やってみることが重要だと思います。
私には、いまでも怖気づきそうな場面がたくさんあります。そのときは「自分はまず行動しているのだろうか」と自分を振り返るようにしているのです。
一般社団法人fukucier(ふくしぇる)
住所:福島県会津若松市中央1-5-29 B.Step304
TEL:0242-93-7272
FAX:0242-93-7277
受付時間:平日8:30~17:30
- ホームページ: https://fukucier.com/

取材者の声
- 最初にお会いしたのは起業する前で、小林さんが会津若松市に移住する少し前くらいだったと思います。当時の印象はとても静かな方で「起業者特有のクセがない」という印象でした。「こんなに静かで素直な方が果たして起業してやっていけるのか?」とすら思ったことを覚えています。
ですが今回あらためてお会いしたとき、当時は表面上そう見えていただけだったことに気が付きました。実際の小林さんは、内に秘めた並々ならぬ強さをお持ちだったのです。
「5年勝負」のように、最初に期限を決めて挑戦することは理にかなっています。辛いことがあっても「あと○年だから」と考えれば、踏みとどまる勇気につながるからです。
小林さんは自分が強く旗振りをするのではなく、スタッフや利用者の声を聞きながら経営されています。どのようなサービス、どのような事業が世の中に求められているか、スタッフから言い出しやすい環境を作っていく感覚は「とても素晴らしい」と感じました。
「この会社で働き手になる申込書(履歴書)には特技を書くところがない。反対に苦手なことを書いてもらい、それをしなくていい働き方をしてもらう。それが結果的にいい仕事につながり、利用者様からの評価にもつながる」という言葉に、小林さんが目指す仕事のあり方が読み取れました。
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