シングルマザーから博士課程を経てベンチャー最優秀賞獲得
絵や図を使った分かりやすい介護施設用アプリを開発
株式会社Picto Care 田中亜利砂さん

 今回取材した田中さんは東京都出身で現在も東京都在住ですが、ことし1月に発表となった「ふくしまベンチャーアワード2024」では最優秀賞を獲得しています。これまでの創業者の方とは少々違った経歴の持ち主なのですが、さらに驚くことに会社を設立した2024年9月からわずか数カ月で最優秀賞を獲得したのだとか。「はたして私の物差しで測れる方なのか?」と思いながら、取材場所に向かいました。

Q:まずは田中さんのプロフィールを教えてください。

 生まれは東京都の江東区で、小中高とそこで育ちました。子どものころは「ドッジボールの妖精」と言われるくらい、近所の子どもたちを引き連れてドッジボールに明け暮れていたのです。夢中になりすぎて高級車にボールを当ててしまい、へこませて睨まれたりもしましたが・・・。
 高校卒業後は看護系の専門学校に進学しています。看護系を選んだ理由は、通っていた高校がいわゆる進学校だったことと、母親の影響が強いです。母親から「手に職を付けなさい」と言われ、自分としてはちょっと不本意でしたが、看護の道へ進むことにしました。
 ただせっかく進学した専門学校も、結婚して子どもが生まれ、専業主婦になったことをきっかけに途中で辞めてしまったのです。そんな生活が私の20代前半ですね。そのまま過ごしていたら、世の中で言われる「普通の家庭生活」を送っていたかもしれません。

自ら講演やイベントに参加する田中さん
Q:「普通の家庭生活」ということは、何か事件でも起きたのでしょうか?

 事件というか、シングルマザーになったのです。そこから先は子どもと2人で生きていかなければなりません。そこでどうするかは、ひとつの別れ道だったと思います。ただ専門学校時代の単位を生かして看護師になれることが分かったので、そこから看護系の大学に入りました。
 資格を取得し、それから10年ほどは看護師として働いています。病棟、外来、美容皮膚科、介護施設など、ひと通りいろんな現場を経験しました。
 正直なところ、看護師に深い思い入れがあったというよりは「親子2人で生きていくのに有利な道はどれか?」という発想が強かったと思います。

「ふくしまベンチャーアワード2024」で最優秀賞を獲得した田中さん
Q:大学院にも進学されていますが、何かきっかけがあったのでしょうか?

 看護師になるには資格が必要ですが、その資格を取得するためには相応に勉強しなければなりません。ただがんばって資格を取得しても、実際の職場では専門的な仕事より事務仕事のほうが圧倒的に多くて「これは本質的な仕事じゃない」と感じることもありました。このように「いまの看護師の働き方はどこか間違っているのではないか?」と感じたことが、その後の進路につながります。
 働きながら感じた疑問をきっかけに、順天堂大学の大学院へ進学。医療看護学研究科の修士課程で再び学び始めます。当時の研究テーマは「がん患者の人的なサポートシステム」でした。ただその過程で介護の現場と向き合うことになり、介護の現場の方がより専門性を生かせていないという現実を思い知ることになります。

 そのころには順天堂大学の修士課程を修了し、埼玉医科大学の医学研究科の博士課程に進学。そのタイミングで介護の世界でも非常に重要な「ADL(日常生活動作)を表す指標の評価」というテーマに着目し始めました。そのうえで「ピクトグラムを用いることで、より正確で効率的な評価が行えるのではないか」と考えるようになり、これが当社のアプリケーション開発、運用につながるのです。ちなみにピクトグラムとは、絵や図を使って言葉を使わずに情報を伝えるための記号を指します。
 そのまま研究者として生きる道もあったと思いますが「このシステムを実装して現場に役立てたい」という思いから在学中に起業することを決心しました。博士課程4年目となる、2024年9月に当社を起業したのです。

介護施設からアプリのフィードバックをいただく様子
Q:この取材は福島県の事業なのでお聞きしますが、仕事上で何か福島県と関わっていらっしゃいますか?

 起業前、福島県には子どものころ、スキーで遊ぶために訪れた程度でした。ただ大熊町のOICCC(OIC Cleantech Challenge:大熊インキュベーションセンターが実施するクリーンテック領域における起業と産学連携を応援するインキュベーションプログラム)に参加して最優秀賞をいただいたことが、直接的な起業のきっかけとなりました。
 現在は、福島県内の介護施設を主体として実際にアプリケーションを使っていただき、現場からのフィードバックを取り込みながらブラッシュアップを続けている状況です。そういう意味では、介護施設がたくさんある福島市や郡山市での活動が多いですね。
 そういった状況なので、事業のステージとしては準スタートアップという位置づけになります。当社の登記も自宅ですし、数字に関しても現状はアプリケーションで稼ぐというより、私自身がタレントとなって動いたり講演したりすることが売上につながっている状況です。

田中さんは「TOKYO SUTEAM DEMO DAY 2025」でも二つの賞を獲得
Q:起業する前に「やっておけばよかったかな?」と思うことはありますか?

 私は逆に「勉強し過ぎた」と思っています。さまざまな賞をいただいたり、評価を受けたりしてオーバーヘッドが大きくなった気がするのです。

Q:最後に、これから起業する方へひと言お願いします。

 いろんな物ごとについて客観的にとらえられる方を、自分の身近に確保しておくべきです。事業や会社についての相談は、そういう方にこそ話すべきだと思います。
 また「起業する」というキャリアはとても重要だと思いますし、今後はさらに重要性が増していくでしょう。「起業している」という事実は、それ自体が自分のポテンシャルを上げることにつながると思います。

株式会社Picto Care

住所:東京都江東区大島8-39-22-131
連絡先:a.tanaka@pictocare.com

取材者の声

  • 氏名: 三部香奈
  • 所属等: 一般社団法人グロウイングクラウド

 田中さんとの出会いは、福島県が実施した「Fターン起業バーチャルサロン」でした。有楽町で実施した相談会にも来場いただき、その後は福島県内で開催した起業家向けのセミナーにも参加していただきました。
 自社サービスに対する誇りと信念を宿した力強い眼差し、そして提供された情報や人脈を積極的に生かし、すぐに行動を起こす姿がとても印象的です。
 「こういった方がチャンスをつかむのだろう」と思っていましたが、ふくしまベンチャーアワード最優秀賞に輝くまでのスピードは予想し切れませんでした。実力と運も予想を遙かに超えた方なのでしょう。これから福島県内のプレーヤーとして、どんな「予想外」の活躍を見せていただけるのか楽しみです。

一般社団法人グロウイングクラウド 三部香奈

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