他店との「圧倒的な違い」を体験させたい
すべてはお客様の満足につながる会心の一撃
かいしんのいちげき 戸田昭子(とだあきこ)さん

創業者のみなさんのインタビュー原稿をまとめるのは、大抵1時間程度で終わります。しかし今回は抱腹絶倒の何が出てくるか分からないインタビューだったため、何と3時間も費やしてしまいました。
整体院の玄関前にはぬいぐるみが鎮座しており、ドアには「盾」が神々しく掛けられています。私は「この中に進んでいいものだろうか?」「人間界に帰れるのか?」「ロールプレイングゲーム(RPG)の世界がリアルに出現する整体院って大丈夫なのか?」と恐る恐るうかがったのですが、お客様の評価は素晴らしい内容ばかりでした。開院からまだ3年未満ですが、取材した当日(2025年7月15日時点)でGoogleに111件の口コミがあり、その評価がすべて満点の5なのです。
誰ひとり満点以外つけていないという奇跡のお店でお話をうかがうと、意外にも小さなビジネスで成功する秘訣がたくさん詰まっていました。
Q:まずは戸田さんのプロフィールを教えてください。
1970年生まれで、埼玉県川口市出身です。3人兄妹の末っ子で、姉と兄がいます。父がNHKの技師ということもあり、いわゆる転勤族でした。
5歳のときに当時住んでいたいわき市に家を建て、小中学校時代はそこで過ごしました。その後、父が東京勤務になったこともあって東京の高校へ進学。母はいわき市の実家で、私は父と一緒に東京で暮らすことになりました。
高校卒業後は美術大学に進みましたが、そこで全身にじんましんが出て外出が難しくなったのです。病院で調べてもアレルギー反応は特に見られず「心理的な影響ではないか?」と診断されました。このため治療の方法が見付からず、引きこもるようになったのです。いま思えば、私はもともと自己肯定感が低かったので対人恐怖症になったのかもしれません。そんな状態で仕方なく大学を中退し、いわき市の実家に戻りました。
幸いにも後に立ち直れたのですが、そのきっかけは偶然テレビで見た「野生の王国」です。その内容は蟻塚を作る話でした。登場する無数の蟻たちは「その仕事にどんな価値があるのか?」「自分のやりたい仕事なのか?」などと考えず、ひたすらやるべき仕事に取り組んでいました。その姿を見た私は、布団をかぶって泣きながら「自分には存在価値がないと思っていたけれど、蟻ががんばっているのだから自分もがんばらなきゃ!」と決心したのです。

Q:壮絶な話ですが、そこから整体師の道を志したのでしょうか?
いえいえ。子どものころから人の肩を揉んだりマッサージしたりするのが好きだったのですが、仕事にしようと思ったことはありませんでした。まずは求人を探し、地元の印刷屋に就職したのです。仕事の内容は企画版下。いわゆるデザインですね。そこで自分の決定的な問題点に気付かされました。
実は私、発達障がいの一種であるADHDだったのです。後に医師にも診断されたのですが、もともと子どものころから「自分は普通並みのことができない」という自覚がありました。「注意力が乏しいかも?」と感じていた私は、印刷屋に限らず座った姿勢での仕事に向いていなかったのです。
いくら気を付けていても、単純なミスを重ねてしまう私。大真面目に働いていても他人からはふざけているように見えるようで「ちゃんと真面目にやれ!」と叱られることもありました。結局3年間ほどがんばったのですが、そのころに父が亡くなったこともあって印刷屋を辞めたのです。
その後、短期パートや営業職などいろんな職に就きましたが、母の勧めでお見合い結婚することになりました。相手は近所の家の方です。母としては「普通とどこか違う娘だが、何とか面倒を見てくれる保護者を探す」という感覚だったのではないかと思います。
嫁ぎ先は農家で、結構な規模で米作りと養豚を営んでいました。私は農家の嫁と並行して幅広い職種のパートに出ていたのですが、やはりADHDがネックとなって仕事選びが消去法になっていたのです。たとえば介護の仕事などは、5人くらいの要介護者に1人で対応しなければなりません。結局、忘れ物ひとつで命の危険につながりかねない職業だと気が付いたため、辞めることになりました。
ただこの時期にいろんな職種、さまざまなパートを実体験したお陰で、自分に向いてないこと、逆に向いていることが把握できるようになったのだと思います。

Q:いよいよ整体の道に進むのでしょうか?
いえ、まだまだです。実は経営に関心が高かった舅に触発され、農家ともパートとも全然違う事業で起業したことがあるのです。
この事業は5年間続けられて軌道にも乗ったのですが、姑が亡くなったことで辞めることになりました。姑がいないと家の中は舅、夫、息子2人という男ばかりになってしまうのです。4人とも家事ができず、家族の心理的ダメージも大きかったので「いまは家庭を大事にしよう」と判断しました。
現在のお店につながる整体の仕事に就いたのは、7年前の離婚がきっかけです。「今後は1人で生きていくことを考えないといけない」「そのためにはある程度稼げる仕事じゃないと現実的じゃない」などと考え、消去法で仕事を探しました。いろいろ考えてみて、残ったのが整体と仲居です。どちらも体を動かす仕事で、人と接する仕事でした。ここまで絞り込めたのは「いろんなことを並行してミスなく進めるのではなく、ひとつのことに集中する仕事なら自分に向いているのではないか?」と考えた結果です。これはADHDの特性にある、過集中にも適していました。
いわき市の健康施設にパートで勤めたこともありましたが、これも整体に行き着くきっかけになったと思います。そこで熱心に体を鍛えている高齢者と、かつて勤めていた介護施設の高齢者の違いに気が付きました。
年齢はどちらも同じくらいで、年代的にも仕事熱心で努力家という方々です。しかし現在、両者の体の状態は天と地ほどの差があります。私はこのことから「自分自身の健康に時間やお金をどれだけ投資したかでこんなにも違うのか」「幸せな人生を送るうえで健康がいかに大切か」ということを学びました。合わせて「できれば健康に携わる仕事に就きたいな」と考えるようになったのです。
Q:整体の仕事に就く人は、将来的に独立を目指す人が多いのでしょうか?
そうですね。多いと思いますが、私自身はそんなつもりもありませんでした。「何人もスタッフがいる職場でみんなと一緒にわいわい楽しく働きたい」と考えていたからです。
初めてスタッフになった整体院では短期間の研修の後、すぐに店舗配属となりました。ただ配属された後に「これは自分で勉強して独自性を高めないといけない」と気付かされることになります。そのお店は指名制だったため、指名されるベテラン勢は稼げても新人はなかなか指名されないという状態でした。フリーのお客様も限られるだけに、ご指名いただけないと安定して稼げないのです。
また整体院のスタッフは雇用契約でなく、業務委託となります。それぞれが個人事業主で最低所得保障などはなく、お客様が0人ならその日の稼ぎは0円になるのです。
「同僚は実質、競合の他店舗なのだ!」と気付いたとき、かつて創業セミナーで学んだ「差別化」の教えが生かされたと感じました。体格や体力的に可能なら同じ技を提供できるように習得しなければなりませんが、目の前の先輩は何年も前からスタートしている方々です。先輩を真似して学ぶことは大切でも、先輩が得意とするキメ技について後輩が追い付ける日は永遠にやって来ません。
もし別な場所に行ったとき、そこの同僚がその技を使っていなければ差別化に有効なキメ技になるでしょう。しかし所属場所が同じ間は、その先輩の後追いレプリカ技になってしまうので指名がいただけません。私はこのことから「指名されたいなら自分ならではの個性をアピールする必要がある」ことを痛感しました。
Q:具体的にどういった形で差別化されているのでしょうか?
私の場合は先輩方と異なる技術を学ぼうとネット動画を参考にしたり、有名な先生のDVDを購入していくつか取り入れたりしています。評価が高い他の施設に客として行き、施術してもらって技を盗んだこともありました。どうにかして酷い凝りをほぐそうと骨格や筋肉について調べ、凝り攻略法を考えて試行錯誤するうちにオリジナルの手技を編み出したこともあります。そんな風にいろいろ取り組むうち、指名数も増えていったのです。
大切なのは、お客様が初回の施術を体験した際に「結果が圧倒的に違う」と体感させることでしょう。お客様もいろいろ考えて来院され、より満足を得るために別なスタッフを指名したり、他のお店を体験したりしています。ご満足いただけなければ、2度目のチャンスは来ないかもしれません。競合がひしめく中、私が選ばれるには1回目の来院時に「圧倒的な違い」を体験させないと、継続してご指名いただけないのです。それが「クリティカルヒット=かいしんのいちげき」となれば継続も見込めます。当院はそういった考え方で名付けられました。
ただ整体院はもともと体を整える専門店ですから、提供するサービスが素人の技より優れていることは当たり前だと思います。たとえば令和のこの時代、素人が作る物より美味しくないカフェやパン屋は基本ありませんよね。だからこそ技術以外にも居心地のよさ、会話、価格、ホスピタリティーなどにも独自性を発揮することが大切です。高い評価や指名をいただくには、独自の口コミのお返事やSNS投稿内容などを含めたトータルな創意工夫こそが重要なのでしょう。
また技術は当然として、それ以上に「これはサービス業なのだ」と気付けたことも大きかったです。振り返れば「お客様の満足度はひとつの視点ではなく多角的な視点で決まる」という点に気付いてから、リピーターのお客様が大きく増えていきました。
Q:整体で起業したきっかけは、どんなことだったのでしょうか?
初めて所属した整体院グループでは6カ所、そこを辞めてからは2カ所の整体院を経験しました。最後に在籍した整体院には「鍼灸整骨院の院長がプロデュースする整体院」という謳い文句に興味を覚え、応募したのです。
当時の私は超ガッチガチのお客様も喜ばせたくて「どんなにひどい凝りにも逃げずに真剣勝負で闘う」「たった1ポイントでも何が何でもクリティカルヒットを!」という姿勢を貫いていました。その結果、あまりにも独自性が強くなりすぎて一般的な整体院の方針と合わなくなっていたのです。
そこで凝りほぐしだけを追求でき、それを容認してくださる整体院を見付けようと奔走。面接時の手技試験を経て、ようやく理想的な職場を見付けることができました。「私はここで花を咲かせるのだ!」と張り切って働いていたのですが、半年過ぎたころに経営者の不祥事が発覚したのです。
予期せぬ失業で居場所を失った私は、生活費も稼げず途方に暮れていました。ほかに私を受け入れてくれそうな整体院も見当たらなかったので「もう自分で起業するしかないか・・・」と消極的な動機で開院を目指すことになったのです。
Q:起業する前に「やっておけばよかったかな?」と思うことはありますか?
急な展開で起業を思い立ったため、同じ規模の他施設については何も研究していませんでした。それまでは整体師が何人もいる施設でしか働いていなかったので競合他社=同僚でしたが、開院するとなると競合他社は小規模な整体院となります。
研究する際は技術面というより、どのように展開しているか調べていますね。そのうえで真似するか、あるいはまったく別の方法にするか考えるのです。これから起業する方は、立地エリアにある同じ規模の他社がどんな方法で展開しているか調べてから始めればスムーズかと思います。

Q:最後に、これから起業する方へひと言お願いします。
個人が起業したばかりでできることは、それほど多くありません。お金も人脈も何もないところからのスタートなので、あれこれ欲張らずに「選択と集中」を心掛けることが重要でしょう。「ここぞ!という勝負どころを選び、他社とどうやって違うものにするか?」が大切だと思います。
たとえば施設内のインテリアはどうすべきでしょうか。整体院で言うと、店舗の雰囲気を演出するには大きく分けて「医療系」と「バリ島系」の2パターンがあります。医療系は「ここはクリニックか?」と思える堅実そうな印象を重視しますし、バリ島系は「バリ島にあるコテージ風のラグジュアリーな空間」というイメージです。
ただ私は、まったく異なるもの打ち出すことに決めました。開院当初は女子ウケしそうな可愛い系の北欧風インテリアを考えていましたが、3カ月過ぎたころから「ちょっと〈かいしんのいちげき〉らしくないかも?」と考えるようになったのです。そこで屋号の由来でもあり、私の「人生の指南書」でもあるRPGをテーマとして打ち出し、異世界風のゲームオタクっぽいインテリアを配置することにしました。
かいしんのいちげき
住所:福島県いわき市小名浜大原 字西細地40‐1 丸富コーポ103
- ホームページ: https://www.gurutto-iwaki.com/detail/2637/index.html
- エキテン: https://www.ekiten.jp/shop_13855670/
- Instagram: https://www.instagram.com/kaisinnoitigeki100hit/
予約はLINEの公式アカウントから友だちを追加で進む予約システムからのみ。

取材者の声
- 私もLINEで予約してみたのですが、何と予約可能な1カ月先まで全部埋まっていて驚きました。ただヘビーユーザーから言わせると「甘い!」という話なのだそうです。基本的に1カ月先まで予約できるシステムなので、翌日に切り替わる夜中の0時に、みなさん競い合って1カ月先の予約を入れるとのことでした。キャンセルによる空きも、虎視眈々と狙っているようです。
深夜まで起きていられない方は親族や知人友人に代理予約をお願いしているようで、何人かのお客様からは「このままでは転売ヤーが現れる可能性もある」と指摘されているのだとか。戸田さんは「予約が難しくなって申し訳ない」と悩んでいる様子でした。
高い評価を見ることでお客様が訪れ、そこで実際に体験したお客様の口コミが次のお客様を連れてくるという形が成り立っているのでしょう。これは小さいビジネスにとって、正に理想的な成長と言えます。
また取材の中では、戸田さんが呟いていた言葉が印象に残りました。「お店の技術、雰囲気、会話、価格などは、RPGにおける武器や防具だと思います。敵が強くなれば自分の武器や防具もアップデートしないと歯が立ちません。世の中は常に変化しているので、常にアップデートが必要なのです」。
正直RPGにビジネスを教えられる日が来るとは思っていませんでしたが、真理だと思います。凄まじい評価と人気を目の当たりにし、戸田さんとRPGのパワーを実感する取材となりました。
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