理系脳の経営術
リンクエフ株式会社 田村慎太朗さん

 起業する動機は人それぞれですが、やはり圧倒的に多いのは「起業者の熱い希望」というものです。「それがやりたかったから、やっている」という方が数多く見られます。
 しかし中には少し違う経緯で起業に至る方もいて、そういう方にお会いしてみると意外に面白かったりするのです。取材した私自身を振り返ってみると「どこも雇ってくれなかったから」という理由が一番大きな動機かもしれません。
 今回はとても静かで紳士的に見えながら内面でシビアな決断を行い、起業に至った田村さんをご紹介します。

Q:まずは田村さんのプロフィールを教えてください。

 1981年生まれです。福島県の隣、新潟県五泉市で生まれて高校生まで過ごしました。生まれたところは五泉市の中でも自然豊かな地域で、稲刈りが終わった田んぼでイナゴ採りなどして遊んでいました。小学校、中学校、大学と軟式野球をプレーしていましたが、平凡な子どもだったと思います。
 福島県に関わったのは、郡山市にある日本大学工学部に入学したことがきっかけです。専攻は機械工学でした。高校で物理の成績が比較的よかったので「物理学をやりたい」と思って先生に相談したところ「純粋に物理を学ぶより、それを使って世の中に関われる工学の方が楽しいんじゃないか?」と言われてその気になったという感じです。

会社のある日本大学工学部
Q:大学からずっと研究を続けてきたのでしょうか?

 いえ、大学を卒業した後には新卒で就職しました。私自身は「技術職で生計を立てよう」と考えていたので、そういう仕事を選んだつもりだったのですが、配属先が「技術営業」だったのです。技術営業という職種は、結局のところ「営業」なんですよね。そこで「あれ?」と違和感を覚えてしまいました。また営業先で話す相手がバリバリの技術屋さんなので、話しているうちに向こう側が魅力的に見えてくるのです。そこで3年で仕事を辞め、大学院に進学しました。

実際につくり上げたシステム
Q:そこからずっと研究畑にいるということでしょうか?

 いや、それも違うんですよ。大学院を修了した後に大手のプレス機械を作るメーカーに就職し、そこで希望だった開発の仕事にも就きました。
 いい会社でしたし、希望の職種だったこともあって充実していたのです。業務内容については「天職だ」と感じていました。
 ところが転機が訪れるのです。技術者として尊敬していた先輩が辞めたことをきっかけに、転職を考えるようになりました。

Q:得てして、人はそういうときに悪魔のささやきが聞こえたりしますが…

 はい、図星です。そのころ、大学の後輩が日大工学部の再生可能エネルギー研究室で地中熱の研究員を務めていました。そこで「取り組んできた研究が事業化のフェーズに入ったので、事業化するために手伝ってほしい」と頼まれたのです。平成の終わりごろですね。考えてみれば震災以降、エネルギー関係では予算がふんだんにありましたから。
 それで会社を辞め、研究員として給与を得ながら研究室に入った訳です。私が地中熱というものに関わったのは、そこが初めてでした。

Q:そこから一直線に起業まで進まれたのでしょうか?

 いやいや、そんな漫画の世界のように都合よくはいきません。逆に言えば、別の漫画の世界のようなところに引きずり込まれたようなものです。研究室に入って気が付いたのですが、とても「事業化のレベルじゃない」のです。正直「こりゃ、やばい」と思いました。
 一方で研究室としては、研究員の給与も含めて研究に掛かる経費を稼がないといけない訳です。そのころは最大で4名(プラスアルファ)の研究員がいたので相応の経費が必要になります。悪いことにそのあたりから、震災復興予算もだいぶ少なくなってくる訳です。
 当時の責任者だった教授方は、国の補助金に採択されるなどして結構頑張ったのですが、なかなか予算が追い付きません。
 そこで当時関わっていた企業を巻き込んで事業組合をつくったのですが、ここでも成果が得られず、長続きしませんでした。巻き込まれた企業の論理で考えれば当たり前ですが、利益が見えてこないところには予算を追加できないのです。

システムの試験運用で育てたキノコ
Q:「産学連携あるある」ですね。最初はいい状態でも、気が付けば連携ではなく「もたれ合い」になる状況です。

 研究員も私以外は辞めてしまい、私が最後の1人になってしまいました。「君が辞めてしまうと事業組合だって続けていけない」と事業組合の代表に言われるような状況だったのです。
 そこで事業化するために立ち上げたのが、この「リンクエフ株式会社」でした。この会社には最初から「2年間」という期限を定めています。「その間に事業化の目処が立たなければ辞める」という思いでリスクを取ったのです。

教授や学生とも連携しながら進めている研究
Q:会社が持つ技術を説明するのは難しいと思いますが、どういう部分が優れているのでしょうか?

 地中熱を利用する場合、特別な場合を除いて必ず地面に穴を掘らなければなりません。この段階で地中熱を利用する場合には、相当な初期コストが掛かってくるのです。私たちは「そのコストをどうやって回収していくか?」という段階で壁にぶち当たっていました。
 普通ならコストを下げることを考えるのかもしれませんが、これには限界があるのです。どうしてもコストは掛かってしまうものなので、発想を変えて「地中熱を利用する際にそれを最大限利用できるようなシステムをつくろう」と考えるようになりました。
 分野的に説明すればもっと細かい話になりますが、ざっくりと言えば「地中熱にたくさんの付加価値を付ける」ということです。そのためには「付加価値が付くようなシステムを考案して設計していくこと」がこの会社の基本となる技術になります。

Q:起業前に「勉強しておけばよかった」と思うようなことはありますか?

 「経営と経理をやっておけばよかった」と思いました。それでも起業前には創業塾を受講し、会社の立ち上げも全部自分でやり切ったのです。しっくりくる行政書士さんを紹介いただくとか、そういうバックアップがあればなおよかったですね。

「ふくしまベンチャーアワード」での受賞の様子
Q:1月に行われた「ふくしまベンチャーアワード2024」で優秀賞を獲得されましたね。

 ベンチャーアワードは自分の意志で参加したというよりも「申請してみたら?」と言われてエントリーしたことがきっかけです。正直なところ最優秀賞まで狙っていた訳ではなく「少しでも地中熱システムをアピールできれば」といった程度の考えしかありませんでした。
 そもそも縁あって郡山地域クラウド交流会に参加でき、第5回 地域クラウド交流会全国グランプリ大会で優勝することができたことが大きかったです。そのベースがあったので「ベンチャーアワードにも出てみよう」と思えました。
 しかしベンチャーアワードの結果は優秀賞で、最優秀賞には届いていません。翌日の新聞を見ても「やっぱり2番じゃダメなんだ」と痛感しました(笑)。自分の力不足ではありますが、思いのほか悔しかったですね。
 けれども地域クラウド交流会から応援してくださった方々に対しては、少しでも恩返しになったのではないでしょうか。ベンチャーアワードで発表した事業計画を実現させ、今後も注目してもらえるような企業になれるよう邁進したいと思います。

Q:最後にこれから起業する方に向けてひと言、アドバイスをお願いします。

 「何をやるか」も重要ですが「誰とやるか」も重要だと思います。1人でできること、1社でできることは限られるので、どこと連携していくかがこれからのキーになるはずです。
 私の場合も地中熱が農業とつながったことで、ひとつの解決方法が見付かりました。また事業組合という形で企業と連携できたことで、システムとして考えていくことができるようになりました。

リンクエフ株式会社

住所:福島県郡山市田村町徳定字中河原1-1 日本大学工学部キャンパス内
インキュベーションセンター10号室
TEL:050-3707-8410

取材者の声

  •  起業者というと、お会いしたときによく言えば「熱量」、悪く言えば「圧」を感じる方が少なくありません。しかし田村さんはそういったことを感じさせない、サラッとした「風」のような雰囲気の方でした。淡々とお話しになったので取材時には気付かなかったのですが、起業に至る経緯にはさまざまなご苦労もあったのだろうと想像されます。
     その中で自ら「リスクを取る」と言われた姿には「まさに経営者の決断そのものである」と感じました。
     さらに取材後、内容を文章に起こす際に気付いたのが、格段に文章にしやすいことです。取材時にうかがったお話には「Aの次にBではなくてDが来て、そこからC〜Bへと戻る」などという順序破綻や「AからBCDを飛び越して急にEになる」という論理飛躍がよく見られます。しかし田村さんのお話は順を追って論理的に進んでいくため、とても書きやすいと感じられました。

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