看護師の知識と経験を活かして福祉タクシー開業
高齢者の通院や車いすでのお出掛けをサポート
ナースライフ郡山 代表 石松幸さん
郡山市生まれの石松幸さんは、高校卒業後に東京の看護学校へ進学しました。卒業後はそのまま都内にある系列の大学病院に就職して4年間働き、結婚を機に郡山市へ戻ってきました。帰郷後には子育てに取り組みながら、グループホームなどで介護の現場も経験しています。2022年には看護学校の臨床指導員として1年間、後進の育成にも当たりました。
そんな中、ネットで見つけたのが福祉タクシードライバーとして働く道です。医療現場での経験から通院送迎の必要性を感じた石松さんは独立開業を決意し、2023年4月にナースライフ郡山を開業しました。看護師資格を活かしながらプロドライバーとして働く石松さんに、開業までの経緯や仕事の面白さなどについて尋ねてみました。
Q:取り組んでいるのは、どういった内容の事業なのでしょうか。
2023年4月に、福祉タクシーの運行と民間救急に取り組むナースライフ郡山を立ち上げました。私自身はその代表とナースドライバーを兼務する形で働いています。現在は私と20代の女性スタッフが運営の中心です。この2名がドライバーを担当しているほか、看護師の女性3名が分担して同乗しています。
福祉タクシーとしては現在車両2台を所有していますが、そのうち1台はワゴン車で、リクライニング車いす1台、又はストレッチャー1台を乗せることが可能です。もう1台は車いす1台のみ載せられる軽ワゴン車となっています。
同業者に比べると、介護や看護といった分野に通じていることが特徴かもしれません。ただ医療分野の人脈を持っている半面、車両や税金については分からないことも多いです。この点は創業前から周囲の方に質問して知識を身に付けてきました。
福祉タクシーとしては、病院などへの送迎に利用されるケースがほとんどです。看護師資格も持っているため、ご家族が付き添えないときには病棟から転院先の病院へ申し送りをすることもあります。また、ケアマネジャー資格も持っているため、送迎時などにご家族からの介護相談に対応することも少なくありません。
Q:起業のきっかけについて教えてください。
福祉タクシーでの起業を考えたのは、看護学校で臨床指導員として働いていたときです。当時はコロナ禍の最中だった2022年。もともと旅行好きだったので、自宅にいることが多くて苦痛を感じていました。仕事を通じて医療現場にも触れていましたが、外出しにくくなることで高齢者の筋力が落ち、他人と話さなくなって認知症が進行してしまう状況も肌で感じました。70代の方が90代の親を世話する、老々介護もよく目にするようになっていました。
そんな中、インターネットで福祉タクシーという事業を見付けたことで「福祉タクシーがもっと気軽に利用できれば、老々介護や免許返納問題も改善できるのでは」と考えるようになったんです。ちょうど教育の場で働くことに難しさを感じ、もっと違う形で看護師資格を活かせないかと悩んでいたこともあって開業を考え始めました。
県内の福祉タクシー事業者について調べてみると女性の事業者が少なかったんですが、利用される方には女性も多数いらっしゃいます。女性のドライバーや看護師に介助を頼みたいという需要も少なくないと見込んで「思い切ってやってみよう!」と考えるようになりました。
実際に当社はすべて女性スタッフで運営していますが、だからこそ利用者様に選ばれている面もあると思います。
Q:起業に当たって大変だったことは何でしょうか。
福祉タクシードライバーに必要な二種免許を取得するのが大変でした。学科も大変でしたが、特に苦労したのが実技試験です。狭い道にある60度のカーブを3回以内の切り返しで曲がらなければならず、何度も教習所でコツを教えていただきました。
開業して1年余りが過ぎましたが、なかなか認知度が上がらず困っているところです。どうすれば困ったときに利用していただけるのか聞きたいのですが、業界内の横のつながりが少ないので先輩方に聞きたくても聞けません。また、何かあったときのために同業者の方とつながりたいのですが、みなさん忙しそうなのでなかなか接触できないままです。急に車が壊れたり病気になったりしたときに互いにフォローできれば、利用者様を困らせることもないだろうと考えています。
幸いにも「業界内で顔合わせしよう」と提言された方がいらっしゃるので、今後まとまり始めるのかもしれません。同業者で勉強会なども行えれば、全体の質が高まって利用者様も増えるのではないでしょうか。
Q:起業に当たって何か役に立ったことはありますか。
家族の協力や応援がありがたかったです。娘がちょうど受験生のタイミングだったので面談などもありましたが、何とか時間を調整して対応しました。独立開業したので自分のペースで働くことができ、時間調整もきく点はよかったと思います。
また、福祉タクシーの車両もタイミングよく購入できました。最初に入手したのはワゴン車タイプの方です。ご家族のために購入されたという一般の方があまり使わないうちに手放すことになったため、中古で購入しました。中古でも数百万円のコストを見込んでいましたが、実際は100万円台で購入できたので助かりました。
このほか、お金については日本政策金融公庫さんに相談したことで、しっかりサポートしていただいています。
Q:起業してよかったことや得られたものについて教えてください。
創業前後は大変なことも多かったのですが、いまは「創業してよかった!」と強く感じます。利用者様に必要とされていると感じますし、先日は「この仕事を選んでくれてありがとう」とのお言葉もいただきました。お母様を介護されている方からは「親子2代、私のときもよろしく」などとお声掛けいただいています。
先日は結婚式に出席する車いすのお母様に付き添うため、私自身もその式に出席しました。看護師資格を活かし、当日忙しいご家族に代わってお母様の介助をお任せいただいた形です。お母様に配慮して式を挙げない可能性もあったようですが、当社にお任せいただくことで無事挙げられたことをうれしく感じました。
また、「最後に桜が見たい」という末期がんの利用者様を、開成山公園まで送迎したこともあります。創業前には想像できませんでしたが、現在では利用者様の大切な人生のワンシーンに立ち会える仕事だと実感しています。
Q:展開している事業について、やり甲斐や面白さを感じる点はありますか。
さまざまな利用者様を乗せて触れ合えることが、大きなやり甲斐になっています。高齢の方を乗せることが多く、中には90代や100歳以上の方を乗せることもあるんです。そういった方からは戦争時の郡山市の様子や街並みの変化など、地元の歴史などを教えていただくことも少なくありません。また話してみるとまったく年齢を感じさせない方もいらっしゃって驚かされることもあります。
認知症の方を乗せた際には、窓からの景色を見て急に昔のことを思い出す場面に遭遇したこともありました。そういったときには、こちらも何だかうれしい気持ちになります。
また、2023年11月には防災士の資格も取得しました。もともと興味を持っていたのですが、たまたま郡山市で無料講習が行われていたことから参加して取得しました。すると取得間もない2024年元日に能登半島地震が発生し、民間救急車両として現地へ向かうことに。石川県の基幹災害拠点病院から避難所までの搬送を行うなど、ボランティア活動に取り組みました。
Q:事業展開、経営、仕事について心掛けていることなどがあれば教えてください。
日々心掛けているのは、安心して乗っていただくことです。福祉タクシーとはいえ、知らないドライバーの車に乗るのは何かと緊張してしまうのではないでしょうか。利用者様を乗せた際には会話を大切にし、窓からの景色、季節感、音楽などを楽しんでいただけるようなサービスを心掛けています。
利用者様から料金をいただくからには、それに見合ったおもてなしも大切です。ひと言で表すと「ホスピタリティー」ということでしょうか。
具体的には、お客様に配慮した優しい運転を意識しています。通院している方の利用が多く、病気やけがで苦しんでいる方も少なくありません。大きな揺れや強い振動で具合が悪くなることもあるため、マンホールの上や砂利道を避けるなどして心地よく乗車できるよう心掛けています。
ご依頼があれば県外にも出掛けます。これまでに埼玉県や新潟県まで行って対応したこともあります。
利用者様に配慮して仕事に当たることはもちろんなのですが、自分たちが楽しみながら働くことも大切だと思います。送迎時には受診の待ち時間もあります。そんなときには別のご依頼に対応するほか、近くのお店で食事やお茶を楽しむこともあるんです。
車内では利用者様との会話も大切にし、健康状態や暮らしぶりのほか、近隣の美味しい飲食店について尋ねることもあります。そういったコミュニケーション姿勢も後押しになっているのか、お陰様でリピーターさんも多いです。退院時にご利用いただくと、引き続き月1回の受診時送迎もご依頼いただく流れが多いですね。ご家族でお出掛けされる際にもお声掛けいただくことがあります。
ナースライフ郡山
住所:〒963-8052 福島県郡山市八山田5丁目270
TEL:080-5890-8080
※事前予約制(電話受付=月〜金曜9:00〜17:00)
※送迎中電話に出られない場合は折り返しお電話いたします。
※ご予約いただければ土日祝も利用可能です。
- 問い合わせ: nurselife8080@gmail.com
取材者の声
- 氏名: 柳沼由希子(ヤギヌマユキコ)
- 所属等: 株式会社日本政策金融公庫郡山支店 国民生活事業融資課上席課長代理
今回の取材では、聞いている私の方までうれしくなって「パワーをもらえた!」と感じました。また自社のことだけでなく、業界や若手育成のことまで考えていらっしゃることにも頭の下がる思いです。
石松さんは福祉タクシー車両入手についても無理せず、現実的な金額で購入されていました。創業時には設備や機材の購入費が膨らみがちですが、理想と現実のバランスを考えてコスト調整を図ることが大切だと思います。
これから創業を考えている方には「小さく始めて大きく育てる」という創業の基本を意識し、無理のないスタートアップを心掛けていただきたいと感じました。
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