地域のツツジや桜から取った花酵母でお酒づくり
新たな地元産品を通して富岡町の復興を後押し
Ichido株式会社 代表取締役 渡邉優翔さん

花とお酒を掛け合わせて新たな市場を作る渡邉さん

 須賀川市出身の渡邉優翔さんは東京農業大学造園科学科に通っていた2022年6月、富岡町でIchido株式会社を立ち上げました。新天地となった富岡町との縁をつないだのが、夜ノ森駅舎のツツジです。須賀川市にある大桑原つつじ園の26代目次期当主でもある渡邉さんは、東日本大震災と原発事故によって伐採されそうになったツツジの再生をサポート。ツツジの世話に関わるうち、富岡町の復興のために新事業の立ち上げを決意しました。新たな事業は、ツツジや桜などの花々から採取できる酵母を使ってお酒をつくるという内容。震災被害に見舞われた町で、だれも取り組んでいないお酒づくりへのチャレンジが始まりました。

Q:初めに取り組んでいる事業の内容について教えてください。

 富岡町で花から採取した花酵母を使い、お酒を作る事業に取り組んでいます。また、家業が造園に関わることから、地域に花を増やす取り組みも進めてきました。
 Ichidoを設立したのは、大学在学中の2022年6月です。2024年6月現在では従業員4名とパート2名をはじめ、デザインなどの業務委託先を含めて10名ほどで運営しています。
 2024年4月30日には、大桑原つつじ園のツツジと富岡町の桜から採取した花酵母のお酒をリリースしました。選んだ花は、家業にちなんだツツジと富岡町の象徴でもある桜です。
 当社の強みとしては、もともと花について熟知している点かもしれません。花酵母は酒造業界で確立された技術ですが、花に詳しい人々が取り組んでいる訳ではありませんでした。どこの花からでも採取できるだけに、花に詳しい人間の方がうまく活用できるはず。どういった花から採取するかで、製品にも魅力的なストーリーを付加できるのではないかと思います。
 さらに採取にもハードルがあり、ちゃんと機能する花酵母は1億分の1の確率でしか取れないと言われてきました。しかし当社で研究を進めたところ、2,000分の1程度まで採取確率を高められたのです。

できたお酒を味見する際に達成感を覚えると笑う渡邉さん
Q:須賀川市出身なのに富岡町で起業したのは、なぜでしょうか。

 富岡町の夜ノ森駅舎にあったツツジがきっかけです。2017年あたりに見たテレビではツツジが除染のために伐採されそうになり、住民が反対していました。こういった状況を受け、私は家業である大桑原つつじ園での経験を生かし、ツツジ再生に向けて協力するようになったんです。2021年には富岡町つつじ再生プロジェクトがスタートし、現在まで続けられています。
 家業である大桑原つつじ園も、もともとは会津藩が参勤交代する際にツツジを分けていただいたのが始まりです。そういった経緯も踏まえ、私は「ツツジで縁のある地域に恩返しすべきだ」と判断。栽培技術提供などを通し、震災復興に協力できればと考えました。

 大学時代も東京から富岡町に通って再生に取り組んでいましたが、花酵母でお酒が作れることを知ったのもこのタイミングでした。そういった流れから、震災復興を後押しするために富岡町で起業することを決めました。富岡町では住民の方が地域の花を世話していることが多く、花への愛着が強い土地柄だったこともポイントです。花に関わる会社もまた、地域に愛されるのではないかと考えたのです。

Q:花酵母でお酒を作ろうと考えたきっかけは何でしょうか。

 創業時に通っていた東農大には、家業が大桑原つつじ園を運営していたことから進学しました。現在は以前ほど花が売れない状況ですが、花を見せること自体は何千年も続いている事業です。こういった状況から「もっと違う仕組みを作った方がいいのでは」と考えていました。そんなタイミングで友人から情報を得て、大学にある醸造研究所で花酵母からお酒が作れることを知ったんです。
 花からお酒を作るメリットは、期限が大きく伸びること。焼酎やウイスキーなど度数が高い物には、何十年も経った物に高い価値が付く場合もあります。生花には流通する際に2週間程度の期限がありますが、お酒にはそういった期限がありません。古酒になることで価値が高まるほどです。
 また花酵母は1回仕込んだら培養してずっと使います。採取する花によって発酵に適した温度、発酵に掛かる期間、発する香りといった性質が細かく異なるのです。
 ツツジから取った花酵母はリンゴのような香りになり、桜ならバナナのような香りになります。アジサイやユリはフルーティーな香り。発酵度合いも異なるのでアルコール度数も変わり、ツツジだと7度くらいになります。

創業時は学生で、経営者で、家業の従業員でもありました
Q:起業に当たって大変だったことや乗り越えた方法を教えてください。

 一番大変だったのは、やはり資金ですね。子ども未来支援財団さんから3年間にわたり、寄付を受ける形で事業を支えていただいています。これは復興のためなら、創業者自身の人件費や社有車などの資産にも幅広く使える資金です。金額も大きく、1年当たり1,000万円。若者向けに整備された仕組みだと実感しましたが、そのお陰で事業が成り立ちつつある状態となっています。
 日本政策金融公庫さんからも、つなぎで資金をお借りしました。当時は大学生から社会人になり掛けていたころで、右も左も分からなかった中、公庫の隈元さんにはいろいろと相談に乗っていただきました。

 お金と同じく、経験の乏しい面を支えていただいたのがお酒づくりです。この点は只見町で米焼酎を製造している、ねっかさんにお願いし、自分も住み込む形でお酒づくりに取り組んでいます。お酒づくりに向けての設計や段取りを経て、2023年6月から仕込みが始まりました。
 最初は県内でお願いできそうな10カ所ほどに連絡したのですが、すべて断られてしまったんです。酒蔵では基本的に、自分たちが使っているものと異なる菌を入れたくないんです。しかし、ねっかに相談してみると代表が親戚であることも判明して、「身内なのに何で相談しないんだ」とご忠言をいただきました。曽祖母がつないでくれていた関係性もあり、親身になってご協力いただいています。

Q:逆に起業に当たって役立ったことがあれば教えてください。

 起業に当たって相談する機関はいろいろありますが、WEBに載っているところにはお声掛けさせていただきました。銀行などの金融機関をはじめ、専門的な相談先は基本訪ねるようにしていたんです。また大熊町にある大熊インキュベーションセンターに行ったところ、その担当者にもいろいろご助言いただけたのが大きかったですね。富岡町で活動してきた中では、地元の宮建工業さんにもご協力いただきました。広く人脈を広げられたことで、町内でスムーズに活動できるようになったと感じています。
 また東農大で花酵母の研究に取り組んでいる先生と出会えたことも大きかったです。1〜2年ほど相談を続け、このビジネスに活用する承諾を得ることができました。先生に「一緒に研究しよう」とおっしゃっていただけなければ、このビジネスには取り組めなかったと思います。

バラやカーネーションの花酵母を使ったお酒も検討中
Q:今後の展望について教えてください。

 今後は花酵母を抽出する技術で、特許を取得したいと考えています。合わせて商標登録も行いたいです。期間としては2〜3年以内でしょうか。他社の事例もあるので、海外での花酵母採取やお酒づくりも考えています。ワインで言うテロワールのように、海外でも戦えるその土地ならではのお酒を作っていきたいです。
 現在は料亭、リゾートホテル、ゴルフ場、レストラン、シーシャバーなどで取り扱っていただき、大手ネット通販でも販売しています。大手との取引を広げていきたいのですが、私の経験不足もあって相応の時間が掛かっている状況です。
 地元でしか流通しない焼酎づくりも進めていますが、2年以内には富岡町に根付かせたいと考えています。そのうえで5年以内には海外展開を行い、外国での特許も取得してお酒づくりに取り組みたいです。
 ただ将来は家業を継ぐことも決めています。家業では現在お手伝いのような形で、特別な肩書も付いていません。

Q:これから起業を考えている方へのメッセージをお願いします。

 振り返ってみれば、創業時には事業立ち上げをしたことのある経験者を1人入れておけばよかったと感じました。あらかじめいろんなことを聞いておけば、いろいろスムーズに進められたのではないかと思います。疲れや心労がたたったのか、2023年5月から2〜3カ月ほど入院したことも反省点です。体調管理や作業の割り振りをきちんと考えた方がいいと感じました。
 しかし何よりも大切なのは、起業する際に一歩踏み出す気持ちです。とはいえ振り返ってみると、私自身も起業するとは思っていませんでした。自分の周囲にあるいろんなものごとが点となり、それが線になって結び付けばいい形の新事業につながるのではないでしょうか。何気なく過ごしている日々を少しだけいい方向に持っていければ、ほかのことも含めて世の中をいい方向に変えていけるのかもしれません。
 そういった考え方を基に名付けたのが、ものごとを180度変えるのは難しくても1度だけ変えていこうという当社の「Ichido」という名前です。今後もこの考え方を大切にしながら、事業に取り組んでいきたいと思います。

Ichido株式会社

住所:〒979-1113 福島県双葉郡富岡町曲田70番地
TEL:0240-23-7970

取材者の声

  • 氏名: 隈元康介(クマモトコウスケ)
  • 所属等: 株式会社日本政策金融公庫いわき支店国民生活事業融資課上席課長代理

 私たち金融機関の人間が創業者と接する際は、どうしても数字中心の話になってしまいます。しかし今回の取材では手掛けた製品の美味しさなど、当時分からなかった点まで知ることができて感動を覚えました!
 創業時に金融機関へ相談する際は、そういった事業へのこだわり、取り組むことになったきっかけ、仕事の楽しさなどについても伝えていただければと思います。そういった創業者の本気さが金融機関に伝われば、得られるアドバイスや指摘もより信憑性のある内容になるのではないでしょうか。数字の面も、より細やかに見えてくると思います。

株式会社日本政策金融公庫いわき支店国民生活事業融資課上席課長代理 隈元康介さん

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