自分の道は自分が創る!
株式会社haccoba 佐藤太亮さん

haccobaで販売している自慢のお酒

 東日本大震災とそれに続く福島第一原子力発電所事故の影響で、一時は人口がゼロになった南相馬市小高区。そこに独力で酒蔵を立ち上げた佐藤さん。多くのメディアでも取り上げられ、復興の象徴としても受け止められているその活躍は、どんな人となりから生まれたのでしょうか?
 夏の暑い日に、佐藤さんと自慢の酒蔵「haccoba(ハッコウバ)」を訪ねました。

Q:まずは佐藤さんのプロフィールを教えてください。

 1992年、埼玉県の川口市生まれです。誕生日が3月11日なので、後々この誕生日の意味を感じるようになります。
 小学生から中学生までは、地域のクラブチームに所属するサッカーに夢中な子どもでした。しかし中学生になると、楽しくサッカーをしているはずなのに徐々にレギュラーや選抜に選ばれることを目指すようになり、違和感を覚えたんです。それで中学の途中でサッカーを辞めました。ほかには絵を描くことが好きで、幼稚園のころから油絵を描いたりしていました。
 中学卒業後は千葉県の市川高校に進学。他県に進学するのは珍しかったのですが、電車で1本ということや千葉県でも有数の進学校だったということ、共学だったこともあり進学を決めました。
 でも1年生のときは友達と遊ぶのが楽しくて、不登校気味だったんです。3学期は10日くらいしか通ってなかったと思います。ただ2〜3年生では立ち直ってちゃんと通いました。
 成績はよかったと思います。でも「このままいい大学に進学して、いい会社に入って・・・」というのは、何か自分で自分の人生を決めていない気がしたので、結果的に大学受験を全部すっぽかしたんです。親には事後報告で「俺、働こうかな」などと話していて、イギリスへ1カ月間、ただふらっと旅行に出掛けました。その後、本でインドの経済学者のアマルティア・センを知って「経済学を学びたい」とやることが見えたので、大学受験を考え、慶應義塾大学の経済学部に絞って受験勉強を始めたんです。予備校には行かず、浪人しても独学で勉強をしていたので少しタフになったかなと思います。

Q:初っ端から波乱を感じるスタートですね。

 慶應義塾大学に合格が決まり、家で誕生会をしていたんです。東日本大震災当日の2011年3月11日でしたが、埼玉県もかなり揺れました。
 震災の影響で、入学式も通常よりかなり遅れましたね。震災前はフットサルの同好会にでも入って「文系の大学生をエンジョイしようかな」と思っていましたが、震災が起こって純粋な感情として「自分以外の人のために時間を使いたい」と思うようになったんです。
 震災は「自分が何のために自分の時間をどう使うのか?」ということを考えるきっかけになりました。ただ「被災地に行ってボランティア活動をしよう」とは思えなかったので、児童養護施設の学習支援を行っているサークルに入って活動していたんです。
 でもそれ以来、自分の中では「誕生日=震災の日」というイメージが強くなりました。誕生日のたびに思い出してしまうんです。これはこの小高の地に来る遠因になっているのかもしれません。

店内で味わう自慢のお酒とお食事
Q:卒業後は就職したのですか。

 楽天に入社しました。大学のゼミで社会思想史を専攻してまして、自分でもアマルティア・センの潜在能力アプローチにある「経済的貧困状態にある人に如何に人生の選択を与えられるか?」を考えていたんです。
 そこを変革できるのがインターネットじゃないかと考え、そうであれば「なるべく大きいプラットフォームでやる方がいいんじゃないか」と思ったんです。
 また楽天での新規事業として、教育に関わっていたことも影響しました。楽天IT学校という仕組みがあり、商業高校などで「オンラインを利用してどうやってビジネスを行うか?」を教えたり、一緒に商品開発したりしていたんです。
 でも、それってメインストリームではないんですね。特に新人は、どうしても効率のいい方に回されてしまうんです。兼務で教育にも取り組んでいましたが、どうしても自分がやりたいこととのズレを感じるようになってしまいました。

Brewery(醸造所)とPub(居酒屋)が併設されている店内
Q:それで起業したという流れですか。

 いやいや、そうはならなかったので転職しました。Web系の就職・転職のマッチングサイトをやっている「ウォンテッドリー」というスタートアップ企業です。後に東証グロースに上場しました。
 その当時、2018年ごろに「日本酒系のスタートアップ」が出てきたんです。既存の酒蔵と新ブランドを立ち上げるようなことを始める会社です。就職・転職の仕事をしているうちに自然と交流が生まれるようになりました。
 その中に「WAKAZE」という会社がありまして、最初はそこも新ブランドの立ち上げなどを行っていたのですが、そのうちに新しい酒蔵を自分たちで創るということになりまして。
 それで自分も酒蔵を新しく創れるということを知って、やってみたくなったんです。

信頼できるみなさんと素敵なサービスを提供
Q:目標が見えると行動が早いですね。

 そうですね。自分でもそう思います。課題は二つありました。
 そのひとつは「修行先をどうするか?」です。これまでの経歴で酒づくりに関わったことがなかったので、どうすればいいのか分かりませんでした。ですが「独立前提で給与はいらない」と話したら、新潟県柏崎市の阿部酒造さんが受け入れてくれたんです。幸運な偶然もあって「WAKAZE」で酒づくりを担当する方が、阿部酒造に修行に来ていたり、福岡で新しく酒蔵を始めようとする方と一緒になったりもしました。もちろん給料もきちんとお支払いいただいています。
 そして、もうひとつの課題が「どこでやるか?」です。そんなときに「小高区で新しいビジネスを創ろう」と呼び掛けていた小高ワーカーズベースの和田智行さんとつながることができました。
 震災が自分の誕生日に起きたこともあり、原発事故後の課題は自分の中でも大きなテーマとなっていたんです。そんな思いもあり、ここで取り組めたらいいなと感じました。自分は震災時に現地に入れなかったので、やりたいことの方向性と合ったという感じです。「ここなんじゃないか!」という感じでしたね。

Q:ネット記事などの取り上げ方を見ますと、佐藤さんってパッと始めたらパッと世の中に出てきたような印象ですが、苦労したことはないですか。

 自分は「最悪の状態」を想定しながらやっているつもりなので、あまり苦労なども感じないですね。例えばこの酒蔵の物件は探すのに半年掛かりましたが「まあそんなもんかな」と思ってました。

Q:起業する前にやっておけばよかったかな?と思うことはありますか。

 起業すると四六時中、自分の事業のことを考えてますからね。まとまった時間を取ってちゃんとインプットすることがなかなかできなくなりますね。
 体系的な勉強などは起業前にきちんとやっておいた方がいいと思います。起業後はアウトプットにつぐアウトプットといった状態です。

東北の家庭に伝わる、やさしい味わいを再現した「はなうたドロップス」
Q:これからはどんな展開を考えていますか。

 より地域に根差した酒蔵にしていきたいです。いまはベルギーで醸造することを計画しているんですよ。実はベルギービールが好きなので、この醸造方法を日本酒に取り入れたいと考えています。
 それと酒づくり、地域づくりは長く続けることが大前提になると思うんです。酒の文化や地域の文化は、ビジネスが急拡大するよりも、長く続けていくことで価値が生まれるのだと思います。難しいとは思いますが、長く続けながら規模としても地域にインパクトを与え続けられる事業を目指したいと思います。

Q:最後にこれから起業する方へ、ひと言お願いします。

 自分がやりたいこと、やるべきと感じられることが見えたら、やってみるという選択肢はアリだと思います。
 自分はいま、滅茶苦茶仕事をしてます。ほとんど仕事漬けですが、やっていることが楽しくて仕方がありません。そのくらいの熱量で進んで行ければ、結果は付いてくると思います。

株式会社haccoba(ハッコウバ)

住所:福島県南相馬市小高区田町2丁目50-6

取材者の声

  •  ニコニコした青年です。でも「自分の道は自分が創って歩く」という信念が徹底されていると感じました。「見えたら行動」という姿勢にも現れているように、起業家気質の塊のような起業者だと思います。次に何を仕掛けてくるか、とても楽しみです。
     お話の中で、大学のサークルで石川県の能登地方でインターンを体験したというエピソードがありました。まちづくり、地域づくりがテーマだったようですが、そこで地元の醸造に関わる方と知り合うことが多く、醸造家が地域に深く関わっているという事実を知ったそうです。
     「そこに酒蔵を始める原点があったかもしれない」と佐藤さんは語っています。過去の体験を投影させながら先へ進む生き方は、復興が進む小高地域できっと大きな成果につながるはずです。

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