現役大学教授にして環境系ベンチャーを立ち上げるリアル二刀流
株式会社e6s 中野和典(なかのかずのり)さん
通常、大学の先生は研究した内容を論文にします。それを企業側が「技術シーズ(※)」として世に出すため、開発したり製品化していくというのが既存パターンです。
ところが、稀にその両方をやってしまうという人が出てきます。中野さんは「実験室の遊びで終わるな!」という座右の銘のもと、そのチャレンジを続けています。
※「技術シーズ」とは、新規事業開発を進めていくうえで、必要になる技術のこと。
Q:まずは中野さんのプロフィールを教えてください。
1968年生まれ。群馬県太田市で生まれて10歳まで育ちました。そこから親の転勤によって兵庫県、大阪府、神奈川県で暮らしました。大学は茨城県の筑波大学でしたが、そこまで東北とは縁がありませんでした。
2003年に宮城県の東北大学に赴任して、2011年に東日本大震災を経験しました。「水が流れない水洗トイレがどれほど壮絶なのか?」を身をもって体験したわけです。今、一番力を入れている「電気や水道に依存しない自立型トイレ」というテーマはこの経験が原点です。
翌2012年に福島県の日本大学に異動してロハス工学と出合い、そこから開発を進めています。
Q:研究者を目指したきっかけは何ですか。
大学では農学部だったこともあり、醸造技術に興味がありました。そのころの研究テーマは微生物を取り扱う「発酵工学」でした。
生物に興味を持った原点は、群馬で生まれ育ったことだと思います。田んぼにはナマズがいて、魚取りと虫取りに明け暮れていました。子どもにとっては素晴らしい環境だった思います。
大学の卒論のテーマは「ビタミンB12を微生物に作らせること」でした。ビタミンB12をたくさん生産するために、微生物を濃縮する「ろ過」という技術と微生物の増殖を邪魔する物質を取り除く「吸着」という技術を研究していました。振り返ってみると、その経験がかなり重要になっていきます。
その後、大学院に進学したのですが、バイオテクノロジーブームが終わり、環境問題が社会的に重視されるようになりました。そのような時代の変化で、当時、茨城県の霞ケ浦で問題になっていたアオコ(異常に増殖した植物プランクトン)退治に微生物を応用するという風に研究内容が変わり、いつの間にか研究分野も環境工学に変わりました。
Q:ロハスのトイレの原理的な特徴は何ですか。
通常の汚水処理には微生物を使います。下水処理場は微生物に汚れを食べさせるという原理で動いていますが、水洗トイレの洗浄水をその場で瞬時に再生する場合、微生物に汚れを食べさせていたら間に合いません。そこで「ろ過」と「吸着」という物理化学的な手法を採用することになりました。
これはある意味「コロンブスの卵」的な発想です。微生物を使うことだけ考えてしまうと、その能力の限界に行き当たってしまいます。しかし今回は、通常の汚水処理で常識的な微生物処理から離れた発想を生み出すことができました。異分野で経験してきたことが生きたのだと思います。
Q:大学教授でありながら会社も創業されたのはなぜですか。
私の大学時代の恩師の教えに「実験室の遊びで終わるな!」という言葉があります。私の出身である農学部も、今いる工学部も、どちらも「実学」を学ぶところ。世に役立って初めて生きる学問分野と言えます。「実験室で上手くいって終わらない、社会で役立つところまでやる」ことが私の座右の銘なのです。
そして、東日本大震災での経験。トイレ問題などは報道されませんので、経験しないと理解しえないものだと思います。
会社を創業したのは2021年。トイレ洗浄水の再生技術が避難所のトイレに実装可能なレベルまで達したと判断して、ロハスのトイレを製造・販売する会社を立ち上げました。
現在の立場で社長は難しいので、共同創業者に社長業を委ねています。会社を立ち上げるには、同じ価値観、目標を持った信頼できる人との出会いも重要ですね。
Q:振り返ってみて、起業前に勉強や準備しておけばよかったことはありますか。
逆にいろんなことを知らなかったからできたのかもしれません。大学がベンチャーにどのように対応をするのか知らなかったので、楽天的に会社を創業しちゃったということです。
Q:最近では副業が注目されていますが、どう思われますか。
誤解を恐れずに言えば「複眼的な見方、考え方」が必要な時代になっていると思います。まったくの0から1を生み出せる天才ばかりではないし、0からスタートするのは効率が悪いとも思います。ならば他の領域や他の方法を真似ることから始めるくらいの発想が必要ではないでしょうか。「複眼的な見方、考え方」を体験できる場として、副業はいいトレーニングになると思います。
Q:最後にこれから起業する人へ、ひと言お願いします。
今、日本大学の起業サークルの顧問を務めていますが、学生が大きく二極化していると感じます。大きく分けると「安定志向な学生」と「リスクを恐れずに行動する学生」です。
日本の今の停滞感の打破には、行動する人がもっと出てこないといけないと思います。世の中は変化するものと考え、変化を積極的にとらえて行動に生かすべきです。
新型コロナウイルスやエネルギー危機の問題などはネガティブに捉えられがちですが、私はポジティブにチャンスととらえます。変化がある分野に積極的にチャレンジしていくことが必要です。
また、社会もそういったチャレンジを容認する方向に向かって行くべきだと思います。
日本大学 工学部 土木工学科 環境生態工学研究室
住所:福島県郡山市田村町徳定字中河原1番地
TEL:024-956-8719
FAX:024-956-8858
株式会社e6s(えしっくす)
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい3-7-1 オーシャンゲートみなとみらい8F
- ホームページ: https://e6s.co.jp/
- 問い合わせなど: 上記ホームページの「CONTACT」からご連絡ください。
取材者の声
- この連載を始めて、もっとも理解が難しかった取材でした。中野さんは穏やかに素人にも分かるように教えてくれるのですが、受け取る私の方が追い付けない状態。後から取材メモを読み返してもチンプンカンプンで、学生時代に戻ったような冷や汗をかきました。
先生のお話には印象的なお話がたくさんあったのですが、私は特に「変化を能動的に取りに行く」という言葉が心に残りました。「世の中の変化を先回りして待ち受ける」。この動きの速い時代には、起業者に必須なスタンスだと感じます。
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