生まれ故郷で長年の夢を実現
ベーカリーカフェ「キチパン」 オーナー 湯田祐吉さん

 令和5年度の「先輩創業者の声」がスタートします。トップを飾るのは南会津町で昨年12月にオープンした天然酵母のベーカリーカフェ「キチパン」さんです。
 食べ物は何でもそうですが、まずはぜひ食べてみてください。ミッチリした存在感のある本物の美味しいパンです。
 オーナーの湯田さんに、長年の夢を叶えることができた秘訣をお聞きしました。

Q:まずは湯田さんのプロフィールを教えてください。

 1968年生まれの南会津町出身です。高校生まで会津で育ちました。最初はパンとは無縁の仕事だったんですが、25歳の時に知人に紹介されて山崎製パンのベーカリーカフェ事業である「VIE DE FRANCE(ヴィ・ド・フランス)」に入ったのがパンとの出会いです。
 そこで約20年間働いたんですが、その後に南会津町にUターンしてきました。本当はこっちでもパン関係の仕事をしたかったんですが、その時にはこの地域にパン屋さんが無かったので、ホテルのフロントなどの仕事をしていました。

お店のロゴは『パン』と『小麦』で8分音符を表現
Q:パン屋さんになりたかったんですか?

 最初はそんなに強く思ってはいなかったと思うんですが、父が生前「飲食関係の仕事をしたい」とずっと言っていたので、それが気持ちの出発点ですかね。
 でもVIE DE FRANCE時代は、店舗運営そのものが楽しくて、売上をあげるためにパン作りの経験を積んでいた感じです。20年の内で14~15年は店を任されていたので、経営者の勉強はそこでしたと思います。
 こちらに戻ってくると、普段は違う仕事をしているので趣味でパンを焼いていました。本格的にパン屋を目指そうと思ったのは、それを知り合いや近所の方、友人におすそ分けした時の皆さんからの評価や笑顔が、今考えれば開業のキッカケになったのだと思います。

Q:パン屋さんも職人さんの世界とお聞きします。修行時代は厳しかったですか?

 修業時代と言うのも時代遅れですが、確かにまだ「教わる」というよりは「見て覚える」という感じでした。言われた時間内に、やらなければならない仕事が終われなくて、悔しくて泣いたこともありましたね。先輩に反発したりもしていました。
 でも今思えば、その時の経験があるから開業まで頑張れたのだと思います。

焼き立てパンが並ぶ店内
Q:開業して半年ですね。売上やお客様の反応はいかがですか?

 売上としては概ね予想通りですね。今のところ一人で作れる数としてはマックスなので、これ以上売上を伸ばすとすれば、オペレーションを変えないと難しいと思います。
 お客様の反応は色々ですね。「こういうパンが好きだ!」と週に何度も来て頂ける方もいらっしゃいます。「子供がここのパンだけは食べる。」と言っていただく方もいます。
 一方で「ちょっといつも食べてるパンと違う」と言われたこともあります。長い間、南会津町は本格的なパン屋が無かったので、パンと言うと「コンビニで売っている柔らかくて軽いパン」だと思っている人が多いんです。
 でも私は「それは手作りのパンではない」というような言い方はしません。ウチのパンが好きな方がいてくれて、時間が掛かっても好きになる方が増えてくれれば嬉しいです。

Q:大手のベーカリーカフェで長年店舗運営をされていた湯田さんが、この立地にされたのはなぜですか?

 「駅前」ということでここに立地したんだろうと思われる方が多いのですが、実はあまり意識していないんです。ここの田島駅の乗降客数はそれほど多くはなくて、駅利用者の来店はそもそもあまり期待していませんでした。
 私にとってのポイントは「説明した時の場所のわかりやすさ」と「駐車スペースが確保できている」という点です。
 なぜならこの辺は「車がないと身動きできない地域」ですから、店舗前のスペースに加えて駅中のロータリーや駅前無料駐車場など、車で来られる方にはとても便利な場所なのです。

好きなパンに好きな具材をカスタマイズすることも可能
Q:ご家族や周囲の賛成・反対などはいかがでしたか?

 妻の賛成・協力はもちろんありました。今もこうやって手が空くと手伝ってくれているので賛成してくれていると思います。店舗を作るのにも友人が協力してくれました。またインスタ等で友人が告知、広報してくれて、それを見たと言って来てくれる人が沢山いました。特に開店早々は広報と言えばそれだけで、特に広告などは出していないんです。
 それを見てテレビなどでも取り上げてもらえて、スタート時の売上が伸びたのはありがたかったです。

店内にはカフェスペースも併設
Q:これから、どんな展開をしていきたいですか?

 当面は、数的には現状をしっかり守ってファンを増やしていきたいと思っています。
 今まで南会津町には本格的なパン屋さんは無かった。無かったけど食べたかった人は沢山いた。なので、予測通りの売上になっていると思います。
 今度は私たちが「南会津町にも本格的なパンを食べたいという人が大勢いる」ということを証明してしまったので、競合が出てくるかもしれません。
 なので、店としての軸がぶれないように、お客様を大事にしていくことが一番だと思っています。

Q:最後にこれから起業する人に一言お願いします。

 希望に満ちている時はどうしても理想を追い求めたくなりますが、世の中はそう上手く行かないかもしれないということも、頭のどこかに置いておいて、想定外のことが起こっても臨機応変に対応することを心掛けて欲しいと思います。

キチパン

住所:福島県南会津郡南会津町田島後町甲3969 皆川ビル1F
定休日:水曜日・日曜日
営業時間:7:30〜18:00

キチパンの外観

取材者の声

  •  取材のために数カ月ぶりにお店に伺うと、お店のカウンター内に若い女性がいらっしゃったので、「学生さんのアルバイトでもお願いしたのかな」と思ったら、なんと奥様でした。
     お仕事がおやすみの日はお手伝いされるとのこと。この事実だけで湯田さんが御家族に信頼されて応援されていることが証明できました。
     最近の研究成果ですが、今年発表された弘前大学の林彦櫻助教の論文(*)の中で、起業前の就業経験による起業成功率の変化が注目されています。一言で言えば「就業経験の無い人よりも、異業種でも良いから就業経験のある人の方が成功確率が高く、もっと言えば同じ業種で就業経験のある人が最も成功確率が高い」というものです。
     (*)林彦櫻,弘前大学,人文社会科学論叢,14,161-172 (2023-02-28),

     「修行時代」という言葉は旧い言葉かもしれませんが、それに裏打ちされた見事なパン作りの技術と、同種のお店を運営してきた管理者としての貴重な経験は、今日の成功を導いた重要な要素であることが理解できます。

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